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孤独に嫌悪感?ひとりでもいいんじゃないですか…と私は言います

孤独な人はナニカ変な人

何か原因があって一人でいるしかなくなった人
反社会的な思想など、秘密を持っている人
普通と言われるカテゴリからズレてしまった人
一緒にいると不都合なことが起こるかもしれない人
社会からドロップアウトした人
そんなイメージがあるように思う

孤独な人とは関わらない方が良い
そう考えている人は多いし
孤独な本人でさえ、そう思っているかもしれない
孤独は嫌悪されている

わからない人にとっては、まるでわからない「孤独」

孤独を感じている、あるいは周囲との摩擦や違和感についての話題は友人や家族には話しずらい、現実に悩みを打ち明けた友人との関係が絶たれるというケースは決して稀でもない
自分も変な人認定されるのはご免こうむりたい人もいるだろう
孤独にならざるを得ない気持ちをまるで理解できないのかもしれない
この話題はとにかくデリケートなのだ

孤独は悪いことなのか…

開業カウンセラーに出来ること

私は開業カウンセラーです
クリニックに通うような問題でもないけれど友達や家族では相談相手にならない、むしろ話したくない心の葛藤のケア、治療的なカウンセリングというより、自分を生きることに苦労している方や生きづらさ、生きにくさのサポートが主な仕事になっている
医療機関より敷居が低く相談しやすい専門家というところです

開業した当時と今では活動の方向は違っている
「問題を解決するカウンセリング」から「たとえ問題が全て解決しなくても自分で抱えながら自分らしくよりよく生きるサポート」に変化した
心理学は専門家だけの密室の学問ではなく、如何に生きるか、自己実現に向かうかを研究した学問だと改めて思っている

今の世界の状況から、生き方についての問いを自分に向けている方は多くなっている 生きているのは難しいことかもしれないと気づいてしまって、表面的な問題の解決よりも自分という存在の意味を探しているのかもしれない

生きづらさ、生きにくさを言葉にして真摯に向き合いたい
そんな気持ちを受け止め、認め、理解し抱えるサポート
医療機関とは違うことで出来るという側面もあるのです

孤独は避けられない
避けられないのなら逆に孤独を正面から捉えて
その方独自の抱え方を探すサポートをしよう
そういうカウンセリングが圧倒的に多くなった

そもそも師事した先生の研究テーマが「孤独」
孤独を抱えながら普通の社会人として生きている方はいる 実はかなり大いのではないか、”普通の市民”でいる努力をしながら耐えている こんな社会の中で心の繋がりを構築するには…
先生はこんなスタンスで心理学を広める活動をされている

繰り返しになるけれど
「心理学は専門家だけの密室の学問にしてはいけない!」
この一節は、私の先生が話していた
更にこう続く
「本当に必要な方に届けなさい あなたは現場に立つべきだ」
開業カウンセラーで居る立脚点になっている

私が心理学を学び始めたのは30年程前だった
幼少の頃から抱えている精神的な孤独感が何処から来るのか知りたくて宗教、哲学などをかじった後に辿り着いた人間性心理学 自己実現の心理学だ


孤独を抱えたクライエントさんと向き合うことを避けない
孤独は自分自身になっていく過程にあると考えてサポートする


人間性心理学
人間性心理学(にんげんせいしんりがく、英: humanistic psychology)とは、主体性・創造性・自己実現といった人間の肯定的側面を強調した心理学の潮流である。ヒューマニスティック心理学とも呼ばれる。それまで支配的であった精神分析や行動主義との間に1960年代に生まれた第三の心理学とされる。 Wikipediaより抜粋  2021/3/29検索


みんな同じ

コミュニケーショをとって、周囲に気を配り、みんなと仲良くして人間関係に波風を立てずに社会生活をおくるのがBEST 誰もがそうやって生きている それが社会常識 そして、出過ぎた杭は打たれる
私たちの多くはそういう教育を受けて育ってきた 

高度成長期の昭和の時代は特にそうだったと思う 
一致団結して国を立て直してきて先進国に仲間入りした
一致団結、一枚岩、同郷、同窓、隣組 この国の文化の根底にある考え方はみんな同じが一番良くて、横に並んで一列に進まないといけない暗黙の約束があるように思う

『でも、本当は無理に無理を重ねて、そうしているのです』

本音はこちらという方が声を上げていないのが現実ではないだろうか

友達と一緒にいるということで物理的な孤独ではない
けれども、精神的な孤独は抱えているだろう
物理的な孤独は周囲から見ても分かるかもしれないが精神的な孤独はわからない 周囲にわからせないようにしている本人の努力の成果でもある

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時代は昔よりずっと複雑になっている
情報量は圧倒的に違う、インターネット環境があればいつどこでも調べることはできる 無差別に大量な情報を得られる
入ってくるものが多ければ反応もまた多く複雑になる 情報は自分に対する刺激だから刺激があれば人は何かしら反応する

反応とはその人独特の考え方=思考、感情の使い方、行動の仕方のことだ
個々人に特定の刺激に対して特定の組み合わせの思考・感情・行動がある
小さい頃からの体験の繰り返しから自分独特の反応の仕方を形成、かなりユニークな反応の仕方を形成している
刺激があっても何も感じない、感情がないという方もいるかもしれない
これも「反応しない」反応と考えられる

「思考・感情・行動」の仕方は個性のひとつ
たとえ同じ刺激であっても人によって「思考・感情・行動」に仕方は違う
皆と同じということはない

まずここで気がついておこう
考え方・感じ方・行動は個性豊かでみんな同じではないのです

圧倒的な情報・刺激の中で生きて来た分、複雑になっている
数多ある情報の中から選択した情報で個性豊かになっている
けれども、自分の個性や感性はは無視してみんなと同じにしたらどうだろう…それもいつもいつもそうしていたら…

生きにくいと思います

出身家庭にはその家庭の個性があり親戚の個性がある
親子兄弟関係、学校、職場、サークル 
いろいろな環境で育った自分の個性が平均的ではない、みんなと同じではない部分はある あって当然、異常ではない
そして、あなたが大人なら育んできた生きる術があると思う 
どんなことが犯罪で迷惑なことでやってはいけないと知っているはずだし逆もあるだろう 
自分を自分が信じないで誰が信じるのだろう

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周りと違うは罪悪である

私自身も平均ではない個性を持った子供だったので学校生活は苦痛でしかなかった 「みんなはひとりのために、ひとりはみんなのために」の標語が掲げられる環境でひとりだけ違うは許されないと思って成長した
孤独に対する嫌悪は外から入ってきて取り込まれたものだと理解したのは随分大人になってからだった

孤独嫌悪は自分の外から入ってきた情報のひとつです
一般常識とされている社会の掟であって絶対にそうでなければならないという根拠はない 孤独=犯罪者は成立しないのだが、それに近い感覚を持っているかもしれない

【ワーク】もし孤独感があるのなら
①自分にとって孤独の悪い部分を書き出してみよう
ポイントは自分の主観です

自分にとって孤独の良い部分を書き出してみよう
①と同じであくまで主観です

気がついたことがあったらメモっておこう

生き方を意識的に選択する

周囲に合わせてストレスを溜めながら
セルフコントロールを続け
そんな気持ちを誰にも話さないで生きていく

それも一つの生き方、生き方に良い悪いはないと私は考えている
そう生きると決めたら、自信をもってそう生きてください
それも自分の人生、もしカウンセリングが必要ならサポートします
私は否定しません

もう一方、人に気を使うのをやめて
堂々と孤独を抱えてこの先を生きていくのなら
潔く一人で考え、決めて行動し最終的に責任をとってください

孤独を抱えて生きるとは多少のスキルも必要になる
物理的に周囲と敵対して壁を作り孤立するのはおすすめしない
上手く立ち回っているような気持ちに罪悪感を感じるかもしれませんが、そんな自分を認めてください

もし生き方を変えて気分が落ち着き家事や仕事が進むのであれば、アドラー先生の言葉を借りると世界に貢献しているということです
作業生産性が上がって全体として良い結果になっている

生き方を意識的に選択していると思っているだけで気持ちが軽くなることもあります 自分の人生を自分で生きている、そういう気持ちが自分を支えることもあります 

あなたはあなたでいいのです
充分に自分を生きて良いのです
この人生はあなたのものです

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自分は自分で護る

孤独でいいんじゃないですか
ひとりで問題ありますか

と私は言います
そしてこんな方法を試してください
と更に続けるでしょう

私は私 あなたはあなた 境界を越えない人間関係の構築
周囲とのトラブルを防ぐためのコミュニケーション術
最後は自分で責任をとる覚悟
腹を割って話せる友人
セルフケア・セルフコンパッションを身につける

自分は自分で護る
安全は自分で作る

孤独の方が楽に自分を生きられるのなら、潔く孤独を生きてみる
やってみてダメならその時また考えてもいい
そういう腹の括り方もあります

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