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創作小説(16) 戦闘服はポロシャツで

「もう少し、お薬を続けてみましょうかね。」
心療内科の医師が山田に言った。

係長に昇進して2年。

仕事はさっぱりで、誰が何の担当業務なのかがよくわからない。誰が事務職で誰が専門職なのかもわからない。
ショートの作業依頼が多く、多忙な毎日を送っている。
寝つきが悪かったり、たとえ薬の効果で眠れても2時間程度で目が覚めてしまうことがほとんどだ。

そんな山田の口癖は「やむを得ない。」だ。


山田は思っていた。

勤務先の市役所は山田と同じ事務職採用者だけではない。
様々な職種がある。
先日も公認心理師を公認心理「士」と書いてしまい、課長に怒られた。
部下からは馬鹿にされた。
しかし、一朝一夕に覚えられる訳ではない。
「やむを得ない。」


ショートの作業依頼が多いのは人材不足との関連が深い。
先日も、「私はソーシャルワーカーの採用なんで、事務職の仕事ばかり振られるようでしたら辞職を考えます。」と真っ向からいわれた。
市役所は安定している。
しかし、自分の歩みたいキャリアを優先して若くして退職する者も少なくない。
「やむを得ない。」


心療内科に通い始めた時、薬で眠りをコントロールするということに抵抗を抱いた。
しかし、少しでも眠れた方が次の日以降の勤務が楽になると思ったのである。
薬を飲んでも寝つきが悪かったり、2時間程度で起きてしまうこともあるが、いまや睡眠導入剤は山田にとってお守り代わりとなっている。
「やむを得ない。」


山田は帰りにコンビニで夕食を買って帰ろうと思ったが、ふと遠回りをして河原に来てみた。
長い草を根元から千切り、ふんっふんっと振ってみる。
草がサーッと周囲の長い草をなでていく。
自分の気持ちもこんな風になでられていくと良いのになと思った。
「やむを得ない。」

帰宅後、コンビニの弁当を食べようとした。
すると、玄関のチャイムが鳴った。
不在受付の配達が来たのだ。
最愛の家族からの父の日のプレゼントだった。
中身はポロシャツで、少し腹回りが気になることもあり、サイズは大きめのものを選んでくれていた。
「やむを得ない。」

彼は泣いた。
そして彼は明日も仕事という名の戦場へ行く。
クールビズということもあり、戦闘服はポロシャツで。

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