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創作小説(14) 爪と種無しぶどう

人を下(げ)に見る者、死に方汚し(きたなし)
意味:他人を馬鹿にする者は、円満な人生を歩めないという教え。
文例:「盗人ばっかして、その金を博打に注ぎ込むなんて『人を下に見る者、死に方汚し』だよ。」


「このブドウ、皮ごと食べられる?種無し?」

七川四葉は突然の質問に戸惑っていた。
ネイルアーティストとして働いていたが、仕事を抱え込み過ぎ、疲れてしまった四葉は一旦はネイルアーティストの夢をあきらめることにした。一旦は。

しかし、何もしないというのも手持ち無沙汰なので、近所のスーパーで働き始めたのである。一旦は。

「確認して参ります。少々お待ちください。」一旦は。
「いやあなたね、店長さんならすぐに答えられるよ。」口をすぼめて老婆は追及してくる。
「はぁ。」

「店長さんなら、わからなかったら自分のお金で買って、その場で自分で食べて確かめてくれるよ。」
「はぁ。」
接客とはいえ、そこまでしなければならないのだろうか。

「私は歯が無いの。だから皮ごと食べられるか、種があるかどうかは大切な問題なの!」
「はぁ。」四葉は老婆と目を合わせて話せなくなり、うつむいた。

すると、急に肩を叩かれた。
咄嗟に顔を上げると、老婆は口を開けてこちらに見せてくる。
「ほら、歯が無いでしょ。」

他人の爪ならまだしも、口や口の中を直接見るのは気持ち悪い。
後、どんなに歯磨きに気を付けても口臭はある。
歯医者はゴーグルやカバーをつけている。
防ぎようがない。

「あんたね、私に歯が無いからって下に見てるんじゃないの?」
さっき口の中を見せられたばかりだが…。
下に見られているのは四葉の方ではないか。

「『人を下(げ)に見る者、死に方汚し(きたなし)』ってことわざがあるから。
あんたがもし、私のことを下に見てたのなら、死に方汚いよ。
グシャグシャだよ。
そんで孤独死するよ。
気を付けな。」
ぺッとそのブドウに唾を吐き、老婆は去っていった。

すると、店長がやってきた。
「あ、さっき見てたけど、さっきの年配のお客さん、ブドウに唾吐いたでしょ。
そういうのは止めないと。
この一山買い取りね。」
「え、一山ですか?」
「衛生管理には厳しいから。
でも洗えば食べられるんじゃない?」
四葉は言いようのない怒りを感じ、拳を握りしめた。

帰り道。
夕食の惣菜と一山のブドウを買って四葉は帰宅した。
何が「人を下(げ)に見る者、死に方汚し(きたなし)」だ!
下に見てるのはあなたの方でしょ!
そう言っても何も始まらない。
ブドウは食べる気にならないから、観葉植物の肥料にでもしよう。

夜寝る前、鏡の前に立ち、歯磨きをした。磨き残しがないか口を大きく開けると、昼間の老婆の口の中が蘇ってきた。
...私も年老いたらあぁなるんだろうか。
あんなに老いた口の中に飲み込まれてしまうのだろうか。
そんなことを考えていると自分の口が排水口のように思え、ふと、歯磨き粉にえずいて吐いてしまった。

コンポーサーがグシュリグシュリと音を立ててぶどうをつぶす。
「私はこうはならない」と四葉は固く決意した。

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