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『君の話』を読んでみて(レビュー)

どーも、けつあご3世です。

今回は、三秋縋さんが執筆し、去年の2018年に発売された『君の話』をレビューします。このレビューを見て、書籍を買おうか悩んでる人の背中を押せたらな......と思っております。

先に、この作品の点数(評価)です。

全体の評価としては85点(100点中)くらいではないかと、自分は読み終わった後に思いました。

まずは、あらすじから紹介します。

『主人公、天谷千尋は義憶(脳に植え付けられた偽りの記憶)を愛する両親の間に生まれ、両親から愛情を注がれずに育ってしまった。そのため、他人との接し方がわからず、孤独な青春時代を過ごしてしまう。19歳になった千尋は思い出らしい思い出がない灰色の日々を忘れるために、とある選択をする。それは【レーテ】と呼ばれる、記憶を抹消することができるナノロボットを服用すること。これまでの灰色の日々を真っ白に染め上げるためにレーテを服用した......だが千尋が実際に飲み込んだのは【グリーングリーン】と呼ばれる、架空の青春時代を記憶にインプットするものだった。その義憶は千尋にとって理想的な女の子、夏凪灯花という架空の人物との理想的な青春時代を過ごしたものだった。あまりにも魅力的な義憶であったが、それが偽物だと理解していた千尋は【レーテ】によって義憶を消去するべきか否か判断できずにいた。そんな中、決して現実に実在してはならない人物、義憶の中だけに存在する架空の少女、夏凪灯花が千尋の前に現れる。「...千尋くん?」彼女は僕の名前を呼び、「...灯花?」僕は彼女の名前を呼んだ。』

次に感想です。

『君の話』では、主人公の天谷千尋と、ヒロインの夏凪灯花の感情表現や心理描写が丁寧に描かれており、とても感情移入がしやすかったです。また場面場面で、登場人物たちの周囲の情報(視覚や聴覚など五感を刺激するもの)がきめ細やかに書かれていて、私が作中の2人の立場に立っているような錯覚を覚えました。本書だけでなく、『いたいのいたいの、とんでゆけ』や『恋する寄生虫』など、三秋縋さんが手掛けた作品は、こういった描写が見事に表現されています。

そんな中、私が本書で最も評価するポイントは、2人が少年少女の頃の甘酸っぱい恋愛模様(義憶の中の話ですが...)を描いた場面にあります。以下に、本書から一部抜粋し、紹介します。

『ーーー3年で再び同じクラスになると、僕たちはそれまでの反動のように常にぴったりとくっついて過ごすようになった。直接的に互いの気持ちを確認するようなことはしなかったけれど、ときどきさりげなく探りを入れ合った。先ほど彼女がしたように「また恋人と間違われた」と言って、相手が嫌な顔をしないか試してみたり、冗談半分で手を握って反応を窺ってみたりといった方法で。数々の試行錯誤を経て、僕たちは互いが同じ気持ちでいるという確信を深めていった。

そしてその日、灯花は最後の確認作業に入った。

「ねえ、キスしてみよっか」

眼下の光景に視線を固定したまま、彼女は隣に座る僕に言った。ふとした思いつきみたいな言い方だったけれど、その言葉を彼女がずっと前から温めていたことが僕にはわかった。同じような言葉を、僕もずっと前から用意していたからだ。

「ほら、私たちが本当にただの幼馴染なのかどうか、確かめてみようよ」軽い調子で灯花は言った。「ひょっとしたら、案外どきどきするかもしれないよ」

「どうだろうね」僕も軽い口調で返した。「多分、何も感じないと思うけど」

「そうかな」

「そうだよ」

「じゃあ、やってみせて」灯花は僕の方を向いて瞼を閉じた。

これはあくまで遊び。好奇心を満たすための実験。そもそもキスなんて大したことじゃない。そうやっていくつもの予防線を張り巡らせた上で、僕たちはずる賢く唇を重ねた。

唇を離したあと、僕たちは何事もなかったかのように正面を向き直った。

「どうだった?」と僕は訊いた。その声は妙に低く乾いていて、なんだか自分の声じゃないみたいだった。

「んー......」灯花はゆっくりと首を傾げた。「大してどきどきしなかった。そっちは?」

「僕も同じ」

「そっか」

「ね、言っただろう?何も感じないって」

「うん。やっぱり、ただの幼馴染だったみたいだね」

白々しい会話だった。僕は今すぐにでももう一度灯花とキスしたかったし、その先にあるものを一つ残らず確かめたくてしかたなかった。彼女も同じ気持ちでいることは、目の動きや声の震えから伝わってきたし、最初の返事までに僅かな間があったのは、「よくわかんなかったかったからもう一回やってみようよ」というセリフを寸前まで飲み込んだからだと知っていた。

本当は、このまま流れに任せて告白するつもりだったのだろう。実際、僕も似たような計画を立てていた。けれども彼女と唇を重ねたほんの数秒の間に、僕の考えは大きく変わった。これ以上先に進んではいけない、と体中の細胞が警告を発していた。これ以上進んだら、何もかもが変わってしまう。

ひと時の刺激や高揚と引き換えに、2人の間にある心地よい何かがすべて失われてしまう。そうして、2度と今みたいな関係には戻れなくなる。灯花もそれに気づいたのだろう。急遽計画を変更して、すべてを冗談のまま終わらせることにしたようだ。

彼女の慎重な判断を、僕はありがたく思った。もし彼女があのまま思いの丈を打ち明けてきたら、まず拒むことはできなかっただろうから。

帰り道、灯花はふと思い出したように言った。

「ちなみに、私は初めてだったよ」

「何が?」僕はとぼけた。

「キスが。千尋くんは?」

「三回目」

「えっ」灯花は目を丸くして足を止めた。「いつ?誰と?」

「覚えてないの?」

「......もしかして、その相手、私?」

「7歳のときに僕の家の押し入れの中で、10歳のときに灯花の家の書斎で」

数秒の沈黙のあと、「あ、本当だ」と灯花は納得した。

「すごい。よく覚えてたね」

「灯花が忘れっぽいだけだよ」

「すみません」

「今日のことも、数年後には忘れてそうだね」

「そっか、3回目だったのか」

灯花は少し黙り込み、それからふっと微笑んだ。

「じゃあ、本当は4回目だね」

今度は僕が驚く番だった。

「いつ?」

「教えない」澄まし顔で彼女は言った。「でも、結構最近」

「記憶にないな」

「だって千尋くん、眠ってたもん」

「......気がつかなかった」

「あはは。ばれないようにやったからね」

「ずるいな」

「ずるいでしょう」

灯花は胸を反らして笑った。

じゃあ、本当は5回目か。僕は彼女に聞こえないようにつぶやく。ずるいのは、お互いさまだ。ーーー』三秋縋『君の話』早川書房、2018、pp20-23

どうでしょうか?私は本書を読んでみて、2人の恋愛模様に胸が締め付けられました。好きだけど言葉に出来ないもどかしさを上手に表現できているのではないでしょうか。また、本書を読みながら、私自身の初めてのキスはこうだったなぁと懐かしい思い出に浸るとともに、少年時代の記憶が自分の人生にとってなくてはならない貴重な存在であることを再認識しました。

このほかにも、読んでいて素晴らしいなと思った箇所があるのですが、そこは、実際に読んでみて実際に体験してみてください。恋愛小説が好きな方なら、きっと満足できる内容になっております。

ここで、私が100点満点ではなく85点という評価を本書に付けた話に戻ります。なぜ、あと15点足りなかったのか。それは、少しだけ物語の動きが弱かったかなと感じたからです。これは完全に私の主観です。私はどんでん返しがある物語が大好きなので、そこを考慮すると、85点かな~という評価になりました。ただし、私の中での85点は高評価の部類に入ります。

久々に本を読む時間ができて、久々に読んだ本が本書でよかったです。これからも、読んでみて良かったなと思った本を紹介していこうと思います。

もうすぐお盆休みがありますので、皆さんもこの機会にいろいろな本に触れてみてはいかがでしょうか。風鈴の音がこだまし、扇風機で夏の暑さをしのぎながら、ゆったりと本を読むのはなかなか乙なものです。




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