かさぶた[短散文]

 小さい頃は、何か些細なことで泣いて、その度に周りを困らせた。
大きくなれば、きっと心が強くなって、大人たちのようにいつも同じような顔して暮らしてくのだと思っていた。
 思春期に、身近な人が立て続けに亡くなっていった。
もうすぐ大人だから、泣いちゃいけないと思っていた。
けれど周りの大人は夕立のように泣いて、晴れた顔して帰っていった。
人が亡くなったときは、大人でも泣いていくのだと知った。
 すっかり大きくなった時に、何かに心を掴まれて泣くことがなくなった。
苦しい生き方をしてしまった弊害で、涙が枯れてしまったのだと思い込んだ。大人になって、心が鈍くなったのと思った。
いつかどこかで聞いた、心のカサブタとはこれのことかと考えた。
 暮らせど暮らせど虚しさが増すばかりで、涙はちっとも出てこなくなった。
 父と母は、年を重ねるたびに涙もろくなっていった。
架空の家族の物語に、嗚咽まじりで泣く姿は、遠い昔、葬式の時に見た大人たちと重なった。
 大切なものはいつも心の中にあると聞いたことがある。
あの歌もあの本もあの映画も、そう言っていた。
 僕の心はカサブタまみれで、めくってみても、空気が漏れ出すだけだった。どこにも大切なものが見当たらなかった。
 あたりを見回してみれば、みなきらきらとした光彩を放ちながら、笑い、泣き、怒り、楽しそうにしていた。
 時折、強く心を傷めつけられれば、雑巾のように水をたらす。
その水は濁って、ただ力を加えられたから出たに過ぎない、花にもやってあげられないようなもの。
 心はいつになったら強くなり、光り出すのでしょうか。

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