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君のいた余韻。

「忘れ物ない?」
「うん、大丈夫。ないよ」
もう取りに来れないからなぁ、って君は笑う。
「もし忘れ物してたらさ、私のとこまで持ってきてくれる?」
「…馬鹿なこと言うなよ」
「あはは、冗談冗談」
助手席に乗っている君が、目じりを少し拭ったように見えた。
それは笑ったからか。それとも…。
君は、膝の上に大きな荷物を乗せている。
会話もほとんど交わさず、君をいつもの駅に送る。
これが君と過ごせる、最後の時間。
永遠に一緒にいられるなんて思ったことはなかったけど、
本当に終わりが来るなんて思っていなかった。


君は何か思い出したかのように顔を挙げ、かばんの中の財布から切符を取り出す。
830円と書かれた、見慣れた切符。
遠距離というには少し近くて、でも近くに住んでいるとは言えない。
そんな距離でも君は何度でも会いに来てくれた。
遠くもないけど近くもなれない―。
すれ違いばかりだった僕たちみたいだな、なんて心の中でつぶやいた。

「じゃあ、いくね」
「うん」
「元気でね、ちゃんとご飯食べるんだよ?」
「うん」
「私がいなくてもちゃんとするんだよ?」
「うん」
どうしてこんな時に限って、何も言葉が出てこないんだろう。
なんでもない話はいくらでも出てくるのに。
「私よりいい人見つけるんだよ?」
「…」
「ばいばい」
またね、とは言わなかった。
そんなたった一言の言葉選びが僕に現実を突きつけた。


荷物を持つ後ろ姿が遠く滲んでゆく。
二度ともうここにはこない。
2番ホーム。いつもの場所。
改札の向こうにいる君は見慣れない表情。
初めて君は手を振って泣いた。
もう泣いている僕に向かって。
いつまでも目に焼き付けたかった。
でも怖くなって走り出した。

連れてきてくれる日もあったのに
今日は君を連れて行ってしまう。
二度と会うことはない場所に。
人の少ない時間のロータリーも、広すぎるこの歩道橋も、いつもと変わらない景色なのに。
今日は知らない場所に思えた。
ただでさえ広い歩道橋なのに、君がいないともっと広く感じちゃうよ。
君がいなくても、頭の中は君のことばかりで。
まるで君と2人の時みたいだった。


ふと、最後の言葉が思い出された。
僕の胸に深く深く突き刺さった君の言葉。
「もっと側にいてほしかった」
そんなこと…そんなこと今更になって言うなよ…。
最終電車は君を連れて走りだしてしまった。
うるせぇなと思ったら、泣いている自分の声だった。
「ねぇ…どこにも行かないで…」
嗚咽の中で漏れ出した僕の言葉は君には届かない。

フェンスの向こうの2番ホームからはいつもと同じアナウンス。
でもいつも隣にいた君は、もういない。
君がついさっきまで座っていた助手席に手を触れた。
するとまだほんの少しだけ君を感じられて―。
温もりを感じる手とは裏腹に、僕の心は冷えていくばかりだった。


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