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運命の人、という戯言。

木曜日
姉からのLINE「結婚しなくていいから、幸せにくらしてほしいよ」
渋谷のスクランブル交差点の信号が青になって一斉に止まっていた人達が歩き出す。左足を踏み出し、手に持ったiPhoneを操作して返事をする。
「幸せだよ、いまも」
嘘じゃない。幸せなのだ。いまも、これからも、この先もずっと。その予定だからどうか心配しないで。

金曜日
社長が「新しいマジックを習得した」というので一通りみていたら終電を逃した。送ってもらう車の中で社長は昔話をしていた。幾度となく聞いた話だ。私は窓から雨に濡れた中野の街を見ていた。

土曜日
目が覚めたら11時半で、携帯は夜中にアラームをかけようとした画面のままだった。親友に電話して「寝坊した」と伝えるとおっけーとのことだったので急いでお風呂にはいって化粧をする。あいにくの曇り空だったけど平塚から葉山までドライブした。カレーを食べ、海を眺め、ファジの散歩をし、コーヒー飲んだりして過ごした。親友が「6月までがんばる」という彼女の好きな人の話を家で紅茶をすすりながらした。期限など、恋愛になんの効力をもたないことを私達は苦しいほどよく知っているのにね。

日曜日
夜中から降り続いた雨は日曜日の朝になっていても降っていて、窓を開けてファジと横に並んで冷たい北風を感じた。いつも窓を開けると一目散に外に出るファジだけど、雨の時は窓から少し体を出して鼻を動かして風を体にとりこんでいる。リモートでやらなきゃいけない事をやる前に部屋を片付けてコーヒーをいれた。そこから19時までほぼソファから動かずにいた。雨と怠惰はよく合う。

月曜日
朝すっかり晴れていたので友人から「浄化に」ともらったセージを焚いた。煙が邪気を追い払ってくれるらしい。南風が気持ちよく、朝散歩をしながら日だまりの場所だけを歩くゲームをした。ファジは今日もたくさん歩いた。暖かいということは幸福なことだ。散歩に疲れて眠る犬の上下する腹を見るのもまた、幸福だ。

火曜日
ゴミを出し忘れたことに電車の中で気付く。雨の日にかぎってリモートではなく出勤。台風のあとにふくみたいな生温い風が気持ちいい。夜、帰宅してご飯を食べ終わるとすきなひとから着信。つい15分前、親友に「次すきな人から電話がかかってきてもすぐに応答しない宣言」をしたばかりなのにでてしまった。明日死ぬかもしれないから後悔しない選択をしなければいけない。正解だった。あの人の低い声が聞けたのだから。結局2時間45分、0時をまわる1分前まで私達は話し続けた。会う日も決まったからもう3月は何があってもその日までは無敵だ。

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「辛い食べ物はさ、コーヒー飲むと口のなかから辛さが消えるんだよ。知ってた?」「知らなかった。なにそれ、ていうかまずそう」「こないだ行ったラーメン屋の親父がカウンターからいきなりウンチク垂れてきて。辛かったらコーヒー出しますからって」「うん。もらったの?」「もらわらなかった」「もらわなかったのかよ。じゃあ分かんないじゃん。本当に辛さが無くなるか」「そうなんだよ。その親父もテレビからの受け売りだから本当かわかんないって言ってた」「何その落語みたいなオチ」

好きな人はいつも私にいろんな話をする。

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好きな人のことを好きになって7ヶ月。くだらない電話をし、たまに真面目な話もし、横並びでお酒を飲み、向かい合って焼肉を食べ、左ハンドルの車でドライブしたりした。驚いたことに、7ヶ月の間に8回しか会ってない。7ヶ月、特に前進しない関係性にイラだつこともないし、もう連絡がなくて悲しむこともない。ただただ「好き」と「だからつらい」を行き来するだけだ。

失恋から立ち直ってからマッチングアプリに登録したが、顔だけじゃ到底興味も持てずアプリで会った人は数える程度だ。中には一緒にサーフィンする友達もよく飲む友達もできたけど、恋愛に発展することはなかった。ならば婚活パーティーだと友人と6回も参加した。ここでもくるくると回ってくる男性陣に誰1人として興味を持てず、渡されたプロフィールカードを読みながら地獄の3分間をこれでもかと味わい尽くした。社会性も、愛嬌も、コミニケーション能力も普通の人と同じぐらいあるから興味がなくても笑えるし、興味がない相手にも質問できる。でももう最後のほうには糸が切れたみたいに何も話さなくなって、多分相手にとっても地獄のような時間だったと思う。会が終わるたびに友人と「ダメだ」と言っては「次に運命の相手がいるかもしれないじゃん」といって申し込みをし、そしてついに6回目に「もう2度とこないであろう」と言って会場をあとにした。

私の運命の人はあそこにはいなかった。多分「恋をしようとする恋愛」に向いてないんだということにまだその時気づいてなかった。あそこにいる誰もが出会いをほしがり、恋人を作りたく、結婚への第一歩のために会場に来る。「この人と付き合えるか」「この人と結婚できるか」というジャッジを下す空間に私は耐えられなかった。いつだってたくさんの男の人から連絡先をもらったし、会の最後に渡された封筒の中の紙には「今日来ている中でNo.2に人気でした!以下の人があなたと連絡先を交換したいと言っています!」とたくさんの人の名前が書いてあったが名前を見ても顔を思い出すことも心が動くこともなかった。この小さな空間のなかでNo.2によかったとジャッジされたのか、そう思って無意味に落ち込んだりしていた。親友の紙を見たらNo.1に人気だったので2人で笑い合った。私たちは本当に愛嬌だけはいいね。と。そして本当にひねくれものだね、と。

恋をしようとおもって出会ったわけじゃない人に恋をして7ヶ月たつ。それから友人と中華を食べならまた「そろそろ決着をつけないと」と言い合う。あの頃みたいにまっすぐに人を好きになれても、もうあの頃みたいに若くない。

結ばれる、という意味では彼もまた私の運命の人ではなかったし運命の人になることもできなかった。ただ好きになれたという意味では彼と会ったことはものすごく素敵な「運命」だった気がする。

運命なんてただの戯言にもうふりまわされない。でも運命を信じてあげなければ、月も太陽も私を導かない。

好き、と言うのか、言わないままもう会わないと決めるのか。この気持ちを葬り、弔う準備ならもうできているのに。春がきたから、深い傷が残ってもあたたかい日差しに救われそうだ。夏の準備に忙しくてあなたの瞳の色も忘れられそうだ。

集中して書くためのコーヒー代になって、ラブと共に私の体の一部になります。本当にありがとう。コメントをくれてもいいんだよ。