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 2世紀前、ステラ・ハイパードライブ社のヒト型生物でいう手に相当する器官により宇宙船産業は一つの転換点を迎えた。
 当時、宇宙船は非常に高価であり、企業や一部の企業にしか到底所持できないものであった。それは宙間航行および惑星での各種活動に対して課された一つのルールによるところが大きい。そのルールとは、「一定の範囲内の技術水準にある原生知的生命体に存在を認知されぬこと」、である。
 「一定の範囲内の技術水準」は付録に数ページにわたり規定されているが、ざっくり「原生知的生物が生息する惑星の重力の影響下にある飛翔体を観測、記録できる可能性がある水準」と考えて差し支えない。つまるところ、「存在を認識され、さらにその証拠を残されては困る」と言いたいわけである。
 「一定の範囲内の技術水準にある原生知的生命体」が生息する惑星が発見されると、まず先遣隊が着陸前に詳細な調査を実施することになる。そして先遣隊は、調査の結果割り出された好適な地点に着陸して宙港を建設、以降はそこが研究や資源の採掘、あるいは観光のために出入りする宇宙船の玄関口となる。
 さて、そのような宙港の周囲には常時、原生知的生命体の認識を阻害するフィールドが張られることはご存知の通りだが、当然ながらそれだけでは前述のルールを満たすには不十分である。このフィールドの範囲は有限である。とすると、自然、出入りする宇宙船がそのフィールドの外にいる時間が問題となる。つまり、当時、すべての宇宙船には、家庭用の小型船に至るまで、ルールを遵守するためのステルス、迷彩、認識阻害、その他のあらゆる原生知的生命体からその姿を隠すための機能を搭載することを要求されていたのだった。数えるほどしかない特殊な惑星に出入りするための大仰な機能の数々が、全ての宇宙船のコストを大いに引き上げ、宇宙船市場の大衆への拡大を阻み続けていたのである。
 さて、そのような状況下において、市場拡大の野心に燃えるステラ・ハイパードライブ社はどのような答えを出したか。結論から言えば、彼らは姿を隠す努力をほとんど放棄することにした。ある意味では当然の帰結といえる。隠蔽機能のコストが市場を狭める要因となっていたのだから。もちろん、「ルール」がある以上、やめますと言っておいそれとやめられるものではない。ステラ・ハイパードライブ社は、驚くべき発想の転換によってこの問題をクリアした。
 とあるアイデアを野心と技術のある原生知的生命体に与える。彼らがしたのはただそれだけであった。そのアイデアとは、誰でも気軽に音声や画像、映像を加工できる技術である。ひとたび惑星でそれが開発され、全世界に浸透すると、原生知的生命体達にある変化が訪れた。我々の宇宙船が目撃され、あまつさえしっかりと画像にも記録された場合、彼らはそれを一目見て……一笑に付すようになった。原生知的生命体が画像加工技術のアイデアを受け入れてそれを具現化した瞬間から、「存在が疑わしいものが存在する証拠」は急激にその証拠能力を失っていった。かくして、彼らの前に半ば公然と姿を晒してなお、彼らに我々の存在を隠匿する体制が整ったのである。
 この状況を受け、ステラ・ハイパードライブ社をはじめとする宇宙船産業各企業による連合への働きかけも手伝い、速やかにかのルールは緩和され、より低コストな宇宙船の製造が現実のものとなったのであった。数えるほどしかない対象惑星に前述のような工作を施すコストと遍く生産される宇宙船に高度な隠蔽機能を搭載するコストなど、比べるまでもなかった。ステラ・ハイパードライブ社の発明のおかげで現在我々は宇宙船を安価に手に入れ、宇宙の旅を楽しむことができるのだ。
 余談だが、当然、この革新の結果として、あらゆる惑星において原生知的生命体による、惑星外の未知の飛翔体の発見件数自体は大いに増加することになった。だが、彼らは今日に至るまで、発見件数の変動グラフと画像加工技術の登場タイミングを重ね合わせては出来の良いジョークだと笑い飛ばしている。

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