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私たちは結び方を知っていても解き方を知らない

突然ですが、あなたは靴ひもを結べますか?

ネクタイを締められますか?

誰かと友人や伴侶の縁を結んだことはありますか?

…私たちは、結ばれていない靴ひものように初期値から、結んだ状態のような理想値までのプロセスは進めても、イレギュラーな状態に弱いのではないでしょうか?

ちょうちょ結びを施した靴ひもの羽根の部分に、靴ひもの先端を通してから引っ張ってみてください。

解けるどころか、固く結ばれてしまって、思いのほか手こずることもあります。

これは、日常においても同じなのではないでしょうか?

ということで、今回は「結び方・解き方」について書いてみようと思います。

最後までお付き合いいただけると幸いです。

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例えば、人の縁について考えてみましょう。

さまざまなメディアで、社交性やコミュニケーション術について紹介されていると思います。

これらは「縁の結び方」と言えるでしょう。

どのような心構えで、どのような態度を以って臨むと、他者と接点ができるのか?

当たり前ですが「友達になってください‼」といって友人になったケースは、自然と友人関係になっていたケースよりも稀なはずです。

つまり、比較的多くの人が、感覚的に「縁の結び方」について、何らかの知識と技術で成功を収めていると思うのです。

では、「上手な縁の解き方は?」と訊かれて、流暢に答えられる人が、どのくらいいるでしょうか?

おおよそ考えられるのは「距離を置く」や「嫌われるような所作をする」といった行動に集約されるのではないでしょうか?

これって、実はすごく不思議だと思いませんか?

私たちは、新しいことを始めるとき、大変な労力を要します。

だからこそ、多くの書籍や動画配信サイトなどで、何かを始めるためのコツや継続するためのコツといったコンテンツが存在します。

しかし、私たちには「慣れる」という特性が備わっていて、習慣化してしまえば、スタートから継続までは案外できてしまうものです。

問題なのは「解き方」や「終わり方」といったクロージングに注視していないということです。

「何事も始めるまでが大変」…だと思っていませんか?

私は終わりのないものを終わらせることの方が大変ではないかと感じています。

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今回の記事は、メンタル不調のメカニズムの一端としても考えています。

メンタル不調とは、多くの糸を複雑に絡めてしまい、解けなくなった状態だと表現できるのではないか?と考えており、精神疾患や精神障害とは、糸同士が一体化してしまって、もはや解くことのできない状態になってしまった状態だと表現することが出来るのではないでしょうか?

メンタル、つまり心の糸は自分が結ぶだけでなく、他者や社会構造との関わりで、いつの間にか絡まっていることも往々にあります。

ストレスに強い人というのは、感覚が鈍化しているケースと、上記の例で言う心の糸を解くのが得意な人に大別できると思います。

感覚が鈍化している人は、比較的ストレスに強いかもしれませんが、結んでしまった糸を解く術を知りません。

ですから、次第にストレスを蓄積してしまう傾向にあるように感じます。

一方、心の糸を解くのが得意な人は、複雑になる前に気づき、解いていきますから、「耐性」をつける必要もありません。

そもそもストレスの本質を捉えているので、糸が結ばれることがないのです。

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ストレスの厄介なところは、糸のように複雑に絡み合う性質を帯びているところです。

原因と結果が、必ずしも明確ではありません。

だからこそ絡まり、一体化に向けて悪化してしまうのでしょうが、解き方を心得ている人は結果が明確ではないことに頓着しません。

どんなにイレギュラーな結び方であっても、そこに法則性やプロセスが存在している「事実」を見ているのではないでしょうか?

「まあ、いっか」や「しかたない」を自身への甘えではなく、本質的事実の受け容れ方として上手に用いることが出来るのです。

…このように、物事の因果を糸やひもに例えると、結び方と同様かそれ以上に解き方、つまり問題を捉え解消する術を体得することも必要ではないか?という話でした。

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ということで、最後までお読みいただきありがとうございました。

今回の投稿は以上です。

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