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【一部ネタバレ有】MUSIC MAGAZINE 10月号『特集 1990年代 Jポップ・ベスト・ソングス100』評

ポップってどんな意味?

KAN「ポップミュージック」

 ミリオンヒットが多数生まれ、音楽産業の形態が大きく変容した1990年代。今回MUSIC MAGAZINEではこの年代のベストソングスということでランキングを作成していた。ポップミュージックの評価に関心にある私としては逃せない話題であり、手に取って今回のレビューを書くこととした。
 発売されたばかりの雑誌であるので、ランキングの全曲について述べることは避ける。気になる人はぜひ購入いただきたい。


ランキングの特徴

 さて、今回のランキングを考える前に、まずランキングに冠せられた『ベスト』の意味を考えなければならない。本誌にはこれについての深い言及はなく、「名曲」がそれに近い。がこの手のランキングで多く寄せられる不満をクリアするためにはこの定義をもう少し明確に打ち出すべきであったように思われる。結果、「偉大な曲」「代表する曲」「不朽の名曲」「好きな曲」などが雑多に混在するランキングとなっている(それはそれで面白いが)。

 これらを踏まえ、今回のランキングの特徴を考えると次のようになる。

①渋谷系のランクインが多い
②女性アーティストのランクインが多い
③ビーイング系のランクインが少ない
④ヴィジュアル系のランクインが少ない
⑤ブラックミュージック史観が弱い

 正直、ランキングを見るまではもう少し疑問に残るようなランキングになる予感がしていた。ポップスの語り手は多くないし、ましてや体系化して語れることも難しい。
 ただランキングを見て予想以上にバランスのとれた、ある程度は納得できるランキングになったと感じる。ミリオンヒットも4割程度ランクインしているし、「J-POPのランキング」として十分に機能している。 "オリコン30位以内に入った日本制作のシングルのA面曲" という制約が予想以上に利いた格好だ。むしろこのランキングを見て、普段の音楽ランキング系企画がいかにポップシーンに冷淡かも見てとれてしまう。

ランキングの特徴・詳解

 特徴をいくつか紹介したところで、各項目についても触れていきたい。

①渋谷系のランクインが多い
 
これは普段の邦楽批評全体の雰囲気がそうなっているので大方予想がついていた。だがそれにしても上位の席巻具合が凄まじい。渋谷系からのランクインは7曲あるが全て上位50位以内というのが凄い。これは渋谷系の人気はもちろん、批評慣れしていて投票層からの定番がそれなりに固まっていることもあるだろう。ただ順位においては微妙なところもあり、例えばORIGINAL LOVE「接吻-kiss-」が1位なのがなぁ。100位以内ランキングは納得できる曲だが、90年代のJ-POPを1曲あげよ、という質問でこれはそこまで上がらないよなぁ。個人的には3位のスピッツ「ロビンソン」が1位ならセールスという同時代的な面も評価という面でもバランスが取れていてまだ納得度があったけども。また小沢健二関連の曲は5曲ランキングしていたが「恋とマシンガン」より「GROOVE TUBE」のほうが上だったのが意外だった。

②女性アーティストのランクインが多い
 
これが既存の音楽ランキングと違って一番評価できるポイントといえる。既存のランキングではポップシーンから距離のある女性シンガーですら数が少なく、ポップシーンからはユーミン・椎名林檎・宇多田ヒカルあたりしかいないことも多い(今回も宇多田ヒカル「Automatic」の2位をはじめ彼女たちはランクイン。ただ「Automatic」は90年代J-POPの代表というよりゲームチェンジャーだとは思うが)。今回もその傾向があるのではないかと危惧していたがその期待は良い意味で裏切られた。今回は女性ボーカルが4割以上入っており、ここもバランスが良い。女性ボーカルでは自作でない作品も上位にきており、男性の楽曲製作者やプロデューサーが参加している面はあれど、評価すべきだろう。

③ビーイング系のランクインが少ない
 このタイプのランキングではまずセールスを残した楽曲は不利になりがちだが、ここまでビーイング系が振るわないとは思わなかった。また小室哲哉プロデュース楽曲も少なくなるかと危惧したが、7曲入っておりそこは安堵した。その分ビーイング系の少なさが際立った格好になった。まだまだ「ヒット曲工場」の評価には時間がかかるのだろうかと残念。しかもランクインしたのは自作のB'z「LOVE PHANTOM」(35位)、ゲスト参加の中山美穂&WANDS「世界中の誰よりきっと」(89位)、コミックソング色の強いB.B.クィーンズ「おどるポンポコリン」(100位)というのがなぁ。ZARDいないって本当かよ。

④ヴィジュアル系のランクインが少ない
 90年代はインディーズシーンも元気で、そこからのメジャーデビューで天下を取るケースが非常に多かった。その中で90年代中盤から多くのアーティストが生まれたのがヴィジュアル系だった。歌謡の評価は進んでいるが、先ほどのビーイングもそうだがまだまだ型や様式のある音楽に対しての評価は進んでいないと感じる。いわゆる四天王が入っていないのに加え、ヴィジュアル系から出てきてメジャーシーンでもヴィジュアル系に囚われない受容をされたバンドですら入ってこないのは解せない。LUNA SEAがかろうじて「ROSIER」(91位)で入ったがGLAYもいないし。もしかしたらビーイングも含め、ロックジャンル全体についてシビアになったのかもしれない(影響を与えたBUCK-TICK、X JAPAN(hide)、またなにかと比較されたラルクは一つずつランクイン)。

⑤ブラックミュージック史観が弱い
 本誌を読んだ方からは疑問に思われそうな特徴といえるかもしれない。それは本誌の座談会で次のような指摘があったからだ。

ブラックミュージックをベースにした曲が多いですよね。びっくりするくらい。

安田謙一、p53

 確かにその通りである。この座談会では既存の音楽批評で見過ごされがちなダンスとブラックミュージックシーンの接近が90年代前半から存在していることも指摘しており、そこは良いのだが、ランキングへの反映までには至っていない。なんせZOO「Choo Choo TRAIN」が入っていないし、久保田利伸 with ナオミ・キャンベル「LA・LA・LA LOVE SONG」も51位。ブラックミュージックを取り入れた安室ちゃんの曲が入っているものの、SPEEDもDA PUMPも1曲ずつと、宇多田ヒカル・MISIAの歌姫ブーム以前のR&Bシーンについては(80年代から続く流れも含めて)反映しきれていないところだ。

ランクインしていて高評価の曲

 これらの特徴を踏まえ、ランクインしていて高評価の曲を3曲紹介する。

①臭いものにはフタをしろ!!/森高千里 (55位)

 かつて『森高千里としか言えない』という書籍もあったが、その通り森高千里はジャンルに括れない。独自な歌詞の世界観は吉田拓郎からも絶賛されたし(拓郎は彼女のドラミングも高く評価し、セルフカバープロジェクトでもドラマーとして招いている)、平易な言葉遣いながら本質をつき、リフレインを多用しインパクトを残す作詞が評価された。90年代の強烈な作詞でいえば「ハエ男」もあるが、ストーンズをテーマにあげたこと、ロックを聴く層に刺さったことも大きいのだろう(ちなみに「渡良瀬橋」もランクインしていたがこっちはPVでビートルズのパロディをやっているのが偶然とはいえなんとも音楽雑誌らしい)。今回はサウンド面についての評価は少なかったがそちらの評価も待ちたい。

②パラシューター/Folder (68位)

 TK以外でもavexが評価されたのが非常に嬉しかったが、90年代中盤~00年代前半にヒットを連発した沖縄アクターズスクール勢からのランキングというのがさらに嬉しい。これ以上ない小森田節で、この時代特有の一聴してわかる作曲家枠としても嬉しい(浅倉大介や小西康陽とかもこの系譜)。21世紀の新しいダンスミュージックへと連なるサウンドをリアルタイムで日本でやれたのは、やはり世界との距離の近いavexだからこそだったといえる。

③ちょこっとLOVE/プッチモニ (94位)

 ハロプロ評価も嬉しかったポイントだが、鋭い女性視点の詞が評価されるのにはまだ時間がかかったか、今回はサウンド面での評価が多かった。巻頭イラストに使用されたファンキーディスコ・モーニング娘。「LOVEマシーン」(7位) はネタバレであったので他にも来るかと期待だったが、モータウン調の「真夏の光線」(69位)、そしてこの曲が来たのには驚いた(評を寄せた吉田豪が "アイドル×スカ" と分析している)。微笑ましくキュートで、どこかおかしい恋愛模様を絶妙なバランスのメンバーで歌いこなしたプロジェクトとしての完成度ももっと評価してほしい。というかサブスクリプションがなく影響力が弱まっていくのは避けたいところ。


ランクインしてほしかった曲

  前述のZOO以外に3曲あげる。

①負けないで/ZARD

 本物のヒーリングミュージックはZARDだと思う。傷を癒し、そっと背中を押してくれる。ビーイングブームの中でも特に人気を獲得し、アルバムも数々ミリオンヒットを記録した。音楽の教科書にも載っているほどスタンダード化している。洋楽からの引用も多く、否定的な意見も出てしまう面もあるが、サブスク解禁もされ、さらに日本人に愛され続けていくことだろう。

②Melty Love/SHAZNA

 「ヴィジュアル系」を選ぶならこの曲にすべきだろう。「ヴィジュアルで魅せる」「曲の世界観とヴィジュアルを統一する」そういう面でソフトヴィジュアルとしても捉えられるバンド寄よりも四天王から選びたい。この曲もサブスク解禁されたし、甘いのはもちろん世界観の貫かれた楽曲の再評価を願いたい。


③エスカレーション/ともさかりえ

 女性アイドルがアーティストとして脱皮し、セールス的に生き残りを図った例が多かった90年代。結果、女優がアイドル的に扱われ、歌手デビューしてヒットする例がいくつかあった。その代表格が広末涼子「MajiでKoiする5秒前」(34位)だったが、内田有紀、中谷美紀(少し立ち位置は異なるが)、松たか子、そしてともさかもそうだろう。当時流行のスウェディッシュポップに癒しの声がマッチしている。さかともえり名義のコンセプトアルバム『さかさま』を含めアルバムも名盤ばかりだ。


最後に

 日頃音楽評論で上がりにくいジャンルだからこそ、意外な選出も多くみられ楽しいランキングだった。これを契機に、音楽評論の場でのさらなる議論の土壌になることを期待する。

引用
MUSIC MAGAZINE 10月号『特集 1990年代 Jポップ・ベスト・ソングス100』
ミュージックマガジン、2022年

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