とある朝の情景

「うあぁっ――――――」

 定刻通りの陽の光を浴びていつもの嫌な夢から覚めた私は、ベッドを抜け、いつもの日課を始めた。
顔を洗い、歯を磨き、味のしない加工食品を口に運ぶ。

 「テレビをつけて」「わかりました」
 
 私の声を聞いたAIがテレビを表示させた。便利な技術だ。私が10代の頃によく見るようになった覚えがある。

「かわいい動物映像にして」朝は人間以外の映像を空間に映し出すに限る。

 かわいい動物に癒されながら朝のコーヒーを飲むと時計が9:30を指している。あと30分で開業時間だ。
 時間を考えればもう準備しないといけないがこの時期は来客もない。
なんなら予約の入っている午後だけ開けて午前中は臨時休業にしてもいいだろう。精神のメンテナンスを欠かしてはならない。
  ふきゅ~ん
 ペットの毛玉が本の上で転がっている。目も口も鼻もないただの毛玉でも癒されるものだ。
 毛玉の下には少し読んでしばらく放って置いた本があった。午前中は臨時休業だ、少しでも読み進めてしまおう。
 ペラ……ペラ……
 やはり手で読む本は良い。読むのに時間がかかる。脳に直接インストールした方がすぐ読み終わるがそれはなんというかこう…頭でなく心で読んでいる感じがする。個体差はあるかもしれないけれども。

ピンポーン

 少しうとうとしていた私の鼓膜に来客のチャイムが響いた。
今日の予約は午後からのはずだ。客が来るには早すぎる。(CLOSEの表示も出していたはず)
 テレビの動物映像が切り替わり来客用カメラの映像が映し出されると、今日の午後に予約しているお客様の姿があった。

 「誠に申し訳ありません。本日の営業は午後からとなっておりまして―――――」
 私がそういうと彼は「あ、いえ、ちょっと・・・」と照れ臭そうに頭を掻いた。
 彼が私に好意を抱いているのはなんとなく感じ取っていた。今日の施術前に思いを伝えようとでも思ったのだろう。面倒ごとは御免だ。
 「そういうことでしたらお引き取りいただいて、また予約の時間にお越しくださ「お願いします!少しだけでいいので・・・」
 何が少しだけだ、ったく…これだから男というやつは…
「わかりました。」「ありがとうございます!」

 今までの精神のメンテナンスがすべて無駄になった。一気に重くなった体を起こしてロックを解除し、客を中に招き入れる。こんなことになるなら午前中から営業しておけばよかった。飛び込みのお客様が来ていろいろとはぐらかせただろうに。

「すいません、午前中も営業していると思ったものですから――――」
 彼のまったく理由になっていない弁明に半ば呆れてしまう。施術中だったらどうするつもりだったんだ。自分の番が終わったらひたすら待つつもりだったのか?いや、そんなことは出来ない。
 「で、ご用件はなんでしょう?本日の手術については同意書にサインをして頂いているのでキャンセルはできませんが…」

 「今からでも手術を開始してほしいんです。もし出来なければまた午後に来ます…」

 意外な回答だった。手術のキャンセルをしたいとか手術までの時間をもっと欲しいので遅らせてほしいというのは今までにもあったが、時間を早めてほしいという申し出は聞いたことがない。時間を遅くしようが早くしようが結果は変わらないのでいいのだが。早く済ませられるのならこちらにとってもメリットだ。

 「わかりました。それではこちらの手術台へ」私は表の表示を本日臨時休業にした。

「先生は…好きな人とかいますか?」
 歳も30近いというのにこの男はまだこんな思春期みたいなことを言っているのか。まぁ、だからこそこの施術を受けるのだろう。
 「いません」
私はそう冷たく言い放つと、彼の生の肉体に針を刺し薬剤の注入を始めた。
 「そ、そうですか!でっではっ…」
私は彼が何かを言い終わる前に彼の鼻に管を突っこみ
「言っておきますが私は人を愛しませんし人に愛されもしませんよ」と告げた。

 少し、昔話を彼にしてあげよう。

「私は30の時、紛争で肉体の大部分を失いました。もとより感染症に侵されていた体だったのでいつ死んでもよかったんですが…ちょうどその頃に人工の内臓などが作られるようになりましてね、
 私は世界的なパンデミックによるテクノロジーの発展の恩恵を自らの肉体に存分に施したのですよ。」
 何の話をしているんだ、というような眼差しを感じながらも私はつづける。
「生身だったころの私は自分の心と体にズレを感じていました。」

「で…では…あなたは・・・元・・・は・・・・・」まどろんだ彼の意識が深い底へと沈んでゆく。

 「えぇ、私の肉体も自由になったんですよ」

患者の意識はぷつんと途切れた。施術を開始しよう。

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