昼下がり

 午前で学校が終わり、マオとナユタは今日から夏休みに入っていた。
中学生にしてみればもう夏休みの宿題は慣れた物だが、自由研究というのが中々に厄介なのは変わらない。
 こればっかりは誰かに見せてもらうことも出来ないのだ。
 幸い、2人の通うクラスでは最大4人までなら合同研究をしてもいいとのことで2人は組んだのだが

 「ねぇ、ロボットってなに?」

高層ビルによる狂った太陽光が照り付ける中でマオが言った。

「ロボット?」
「うん、ナユタのお父さんロボットだったでしょ?」
やけに目を輝かすマオの瞳がナユタを見ている。
「まぁね、あんま知らないけど。なんだよ急に」
「パパが言ってたんだけど、昔は本当にロボットっていうのがあったんだって。もともと本当のロボットがやっていた事をやる様になったからロボットっていうらしいよ!」
「なにいってんの」
「自由研究これにしようよ!」

 ナユタは彼女のいうことがさっぱりわからなかったが、他に当てもないのでマオに乗ることにした。

 しかし道行く人を捕まえていくら “ロボット”の事を尋ねても、ほとんどが不可解な、あるいは不機嫌な顔をされて終わってしまう。
うだる暑さがナユタの体力を奪う。「だいたい手当たり次第に聞いたってわかるわけ・・・ん?」

 その時、電子案内掲示板がナユタの目にとまった。「ダメだとおもうけど」

「こういうのも昔はヒトの形しててロボットだったんだってさ」
 電子掲示板でロボットを検索している間にも、マオはロボットについて喋る。しかし画面を見るので忙しいナユタに相手をする余裕はない。
「それらしいとこは・・・・あれ?」
「家の近くだ、ここ」
 電子掲示板は『虚兎』という高層ビル群外の住宅街の一角にある古品屋を示しており、そこはマオの家の近くでもあった。2人はビル群を抜け出した。

 ビル群を抜けると景色はガラリと変わり、まるで、時が止まったかのように錆びれていた。
「ロボット屋さんなんてぜんぜん聞いたことないよー」
「ロボット…じゃなくて…古品…屋…」
 ケロッとしているマオとは違い、ナユタは今にも倒れそうだった。この季節に長時間外にいることは温室育ちの彼には地獄である。
 やがて無意識でコールドドリンクを探しはじめた時、『虚兎』という看板が目に入った。

 その看板は、今にも崩壊してもおかしくなさそうなボロ家に掲げられていた。

「シャッター閉まってるね」
 マオが呟くと、それに応えるようにガララララとシャッターが開けられ、内から色黒く細身の、その割には目つきの鋭い老人が現れた。

「・・・・なにか用かな」
 老人はマオとナユタを交互に見た後、マオの方をじっくりと見ていた。

ピ―――――――

「あっ、もうこんな時間だったんだ…」
 マオのつけている腕時計から音が鳴り、2人はだいぶ長いこと歩いていたのを知らされた。
「ごめんナユタ!帰らないといけなくなっちゃった!あとよろしくね!」
そう言い残してマオは走って家に向かい、ナユタはひとり老人の前に取り残された。「・・・・入れ」

 ナユタがシャッターの奥まで連れられると、そこには埃の被った古びた機械類が所狭しと転がっていた。古品屋ではなく完全にジャンク品屋である。老人は何かのパーツの上に座ると「で?」と尋ねた。
「あの・・・『ロボット』について調べているんです」
「ロボットの何を調べてんだ」
「えっと…昔は『ロボット』っていうのがあって、今の『ロボット』という職業はそこから来ているって」
「つまり、今の下級労働者の地位に着いていた本来のロボットのことを知りたいわけだな?」
「はい」
老人はポケットから煙草を取出して話を続けた。
「まず、そのロボットが何だかわかるか?」
ナユタは首をかしげる。
「本来のロボットがなんだかわかるか?」
「いえ」
「機械だ」
「機械?ロボットは機械なんですか?」ナユタの脳裏に父の影がよぎる。
「アンドロイドやガイノイドといった種類があるが・・・いずれにせよそれらがロボットとして統一され、いつしか姿を消した」
「機械のロボットはもうないんですか?」
「ただ単にロボットというだけなら今でもあるがな。ヒトの形をしたモノは消えた」
「なんでですか?」
「なぜだと思う?」聞き返された途端、ナユタは考え込んでしまった。
いつまでも答えが出そうにないのを見て、老人はため息をついて再び話し始めた。
「こういう時はロボットが反乱を起こしたからとでも言っとけばいい」
「ロボットが…反乱を」
「だがそれも違う」
「え?」
「人工知能によって学習したロボットが人に反乱を起こす、SFとかによくある話だ。実際その片鱗はあったかもしれん」

彼は煙草を一気に吸い、大きく煙を吐き出した。

「しかしもっともな理由は・・・

無関心だ」


「ただいまーっ!」
 マオは家につくと勢いよく玄関を開けた。彼女の自宅も『虚兎』に負けず劣らず古屋だがボロ家というわけではなく、趣のある日本家屋であった。
彼女はリビングに荷物を置くと、地下へ続く階段を下りていった。
 そこには、外から見る日本家屋とは場違いの、どちらかと言えば高層ビル群にあるような電子の光が奔る空間があった。
 彼女は服を脱ぎ捨て全裸になり部屋の中心にある椅子に腰かけると、体に空いた小さなジャックにプラグが挿され、バッテリーの充電が始まった。


「無関心・・・」
「ロボットに対する人の興味が失せて行ったんだ。別に人型である必要もないからな」
「そうだったんですか」

「おい」ナユタがメモを取っていると、老人が聞いた。「さっきのは彼女か?」

「えっ?!い、いや、ただの友達です」
「そうか。ところで・・・」と言って話題を変え、椅子代わりに座っていた何かしらのパーツを片手に持った。

「ロボット、作ってみたくないか?」

老人は、まだ青い瞳にそう尋ねた。

#小説 #短編 #ショートショート

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