見出し画像

旅芸人の歌

『飛ぶ教室 26』裏表紙から 絵:小川かなこ

これは、3.11 の年の夏、『飛ぶ教室 26  創作特集2011 物語の悦び』(光村図書)に載せていただいた短編『旅芸人の歌』の一部です。
今はこんな気分なもので・・・
この号、たぶん今は手に入りづらいと思います。でも、全部載せると、なんとなくさしつかえがあるかもしれないので、残念だけど、一部だけにしておきましょう。
『飛ぶ教室』は、まさに「児童文学の冒険」! すごいすてきな児童文学誌です。


画像3

             扉絵:小川かなこ


------------------------------------------------------------------------

旅芸人の歌

……

 そう、あれは、冬のはじまりのことだ。冷たいミストラルが吹き荒れて、空がごーごー鳴っていた。ぼくたちの一座は、村はずれにテントを張っていた。ぼくは、井戸に水を汲みに行かされた。重いバケツを両手に、指が千切れそうに痛かった。教会の壁によりかかって、日なたぼっこをした。並木の枯れ枝の向こうに、たくさんの雲が、追い立てられるようにして、流れていた。

 ぼくは、口笛を吹いた。

「いい歌だね」

 誰かの声がした。

 足もとに、狭い溝があった。枯れ葉で埋まっていた。よく見ると、そのなかに、小さな小さなもみの木が立っていた。

「きみの作った歌?」小さな小さなもみの木が言った。

「あの雲たちのメロディーだよ」

「とてもいい歌だね」

「アコーデオンがあったらな。そうしたら、もっと、うっとりするよ。ぼくのオコーデオンを聞かせてあげたいな。ぼくは、宙返りとか綱渡りは得意じゃないけど、アコーデオンは好きなんだ」

「アコーデオンは、聞いたことがないなあ」もみの木がつぶやいた。

 もみの木は、掌に乗るほど小さいのに、大きなもみの木と同じ格好をして、とげとげの葉っぱをつけて立っていた。すぐにでもクリスマスツリーになれるつもりでいるらしい。

「どうしてそんなところに立ってるの?」ぼくが聞いた。

「気がついたら、こんなところに生まれてしまったんだ」

「お父さんお母さんは、どこにいるの?」

「さあねえ… ここの並木は、ポプラだから、お父さんお母さんじゃないな。でも、寂しくない。それに、今はぼくは小さいけど、そのうち、あのポプラたちよりもずっと大きくなるもん。だから心配してないんだ。ほら、力こぶだって作れるよ」

 小さな小さなもみの木は、得意げに言った。ぼくには、力こぶは見えなかった。

「無理しなくても、いいよ」ぼくが、言った。

「そうだね。無理しなくてもいいね」もみの木は、無邪気に笑った。そして、言った。

「今度、アコーデオンを聞かせてね」

「うん、聞かせてあげるね。でも、きょうは戻らないと。この水を持って行かないと、叱られるからね。それに、きょうは、ぼくの大嫌いな輪投げをしなければならないんだ。いつも落としてしまうのさ。それで、お父さんに叱られるんだ」

「アコーデオンを聞かせてね。ぼくは寂しくないけど、もしかしたらこれから、ちょっと寂しくなったりしたら嫌だから。必ず来てね」

「わかった」

 その日、ぼくはやっぱり輪投げに失敗した。それで、さんざん叱られた。次の日、ぼくたちは村を去った。もみの木には、会わなかった。


画像3

                 絵:ヒラノトシユキ


 日がたつにつれて、もみの木のことが気になった。あんな狭い溝に生まれてしまって、いったい、この先、どんな人生があるっていうんだ? どうして、ぼくは、あのもみの木を助けなかったんだ? 今も、ぼくのアコーデオンを楽しみに待っているのに。

 ぼくは、なにをやっても、うわの空だった。舞台では、失敗ばかりだった。誰になにを言われても、黙って泣くことしかできなかった。ぼくは、決心した。暮れそうで暮れない春の終わりの空に、やけにうすっぺらな満月が浮かんだ時、ぼくはナップザックとアコーデオンを肩に、ひとりテントを後にした。もみの木にアコーデオンを聞かせるために ——

……


画像3

                                                表紙 絵:小川かなこ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?