アナログ巌流島 #毎週ショートショートnote

「遅いぞムサシ」
笑顔のムサシが私に向かって歩いてくる。
「名前がムサシだからって、遅れてこないでよ」
「ごめんごめん」
ムサシはチラリと左手にはめた腕時計を見る。
「そんなアナログな時計使ってるから……やっぱり時計も遅れてるじゃない」
私は自分の時計と見比べながら言った。
「仕方ないなぁ。……よし、今日は新しい時計を買おう」
「あ…いや…」
ためらっているムサシの腕をとり、私は歩き出そうとした。
「信号赤だよ!」
強い力で私は引き戻される。目の前を車が横切った。

あの日、遅れてしまったのは私だった。
急いで待ち合わせ場所に向かうと、人だかりが見えた。
人だかりの向こうには、歩道に突っ込んで壊れた車、倒れている人……。
「ムサシ!」
遠くから救急車のサイレンが聞こえていた。

「ごめんな。ムサシなんだから、あの日も遅れてくればよかった…」
寂しそうに笑うと、ムサシは私の目の前から消えて……いなくなった。
私の手に、形見のアナログ時計を残して……。

たらはかに(田原にか)さんの企画に参加させていただきました。

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