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僕の心が解き放たれるとき|#2000字のホラー

昼休み、僕は学校の図書室に行く。
取り立てて楽しいこともない僕の高校での生活だが、この図書室で過ごす時間は至福のときだ。
大好きな本に囲まれ、そして大切なあの人にも会える……。

「今日もきたのね……カイくん」
司書のミカ先生だ。他の生徒に聞こえないように、小声で話しかけてきた。
「うん。今日も本を借りにきました」
ミカ先生は困ったような、それでいて少しほっとしたようにも見える顔をした。

彼女とはこの図書室で出会い、たくさんの話をしてきた。
好きな本の話から始まり、好きな作家、映画やドラマ、好きな異性のタイプ……。
彼女は、僕の固く閉ざされていた心の中を解き放ってくれた。
彼女は僕のすべてを理解して好意を抱いてくれた、そう思っていたのだが……。

本を借りる生徒がきたので、ミカ先生は受付に戻っていった。
僕はミカ先生ともう少し話したかったが、仕方なく目当ての本がある本棚の前まで移動した。
最近のお気に入りの本は、シリーズの探偵ものだ。まだ借りていない本を手にとってみる。
ページを少しめくると、一枚の紙がはさまっていた。折りたたまれたその紙を開いて見ると何か書いてある。
僕は後ろをそっと伺いつつ、それを読んでみた。

「大事な話があります。放課後、屋上で待っていて」

後ろから足音が聞こえた。僕はあわててその手紙を本の中に入れた。
「なんの本を読んでるの?」
クラス委員のユミだ。僕は見られたかなと思いつつ、
「いつも読んでいる探偵もの。でももう読み終わったものだったよ」
と言って、本棚に本を戻す。
「授業が始まる時間だから教室に行こうか」
僕はそう言って図書室を後にしたが、ユミはついてこなかった。

ユミは教室に遅れて入ってきた。
責任感が強く、思いやりのあるユミはクラス委員として、みんなのまとめ役だ。
他の生徒は、僕に対して少し壁をつくるような態度をとることが多かったが、ユミは最初から気さくに話しかけてくれた。
クラスを一つにするという責任感から、僕にも優しく接してくれているのだろう、そう思っていたが……。
ユミに視線を送るが、目を合わせてもらえない。おそらくあの手紙を読んだのだろう。
手紙を持ち帰らず、本の中に戻したのは正解だったのか、僕には分からない。

放課後、屋上に向かう階段がかろうじて見える廊下の片隅で、僕は息をひそめていた。
屋上への立ち入りは禁止されているため、その階段を利用する人はいない。
しばらくするとユミがあらわれた。屋上への階段を登っていき、屋上のドアが開く音がした。
少し時間をおいて、ミカ先生の姿が見えた。同じように屋上への階段を上っていく。

あの手紙はミカ先生が書いたものだ。
今までも僕が次に借りる本に手紙を入れて、秘密のやり取りをしていた。
手紙が入っていると、僕の心はいつもときめいた……でも、今日の僕の心は沈んでいる。
大事な話の内容はだいたい想像がつく。
今の関係を終わりにしたい、そういうことだろう。
でも僕は大切なあの人を手放したくない……。

5分くらい経っただろうか。屋上のドアが乱暴に開かれる音がしたかと思うと、怒っているような声、そして……大きな悲鳴が聞こえてきた。
その直後、階段から何かが落ちるような音がした。
僕は屋上に向かう階段の下に駆け寄った。
そこには階段から転がり落ちたミカ先生が、仰向けに横たわっていた。

ユミは呆然とした顔をして、階段をゆっくり降りてきた。
「わたしは……ただカイ先生が困っていると思って…」
ユミは焦点のあわない目で、僕を見ながら言った。
「そしたらこの人は、困っているのは私の方だって……。変な遊びにつきあわされてとか、わけのわからないことを言い始めて……」
遊びか……やっぱりミカ先生は子どもがやるような、ごっこ遊びみたいに思っていたんだ。
「カイ先生は頭がおかしいとか言って、逃げようとするから……、わたしが腕をつかむと、この人は振り放そうとして……」
「わかった。先生がなんとかするから、すぐに家に帰るんだ」
それでも僕の腕をつかんで何か話そうとするユミを、なんとか落ち着かせて、この場から立ち去るよう説得した。

悲鳴を聞きつけたのか生徒が集まり始め、保健室にいる女医の先生もやってきた。
「どうでしょうか?」
僕はミカ先生の様子を見ている女医の先生に聞いてみたが、首をふるばかりで何も答えなかった。
「いったい何があったんですか、カイ先生」
生徒のひとりが僕に聞いてきた。今度は僕が黙って首をふった。
僕にわかっているのは、ミカ先生との大切な時間が終わってしまったということだけだ。
僕の大切な人……純粋でけがれのない高校生の人格は、ミカ先生と話をするときだけにあらわれた。
僕の大切な人……絶対に失いたくない。

「救急車まだでしょうか」
女医の先生がひとり言のようにつぶやいた。
僕はその横顔を見ながら、ミカ先生に似ているなと思った。この先生の名前は確か……。
「早くきてほしいですね……リカ先生」

(1996文字)



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