見出し画像

βlue(ブルー) 第2話

北風が吹き荒れる十二月の寒い日。
ケンタは、ユウキの会社が入っている高層ビルを再び見上げていた。

「俺もβlueで蘇ったからな」
「どういうことだ!?」
ユウキの言葉に、最初に反応したのはコウだった。ケンタは驚きで声もあげられない。
ユウキがβlueで蘇った……それは、ユウキが現実の世界では死んでしまったということだろうか。
「あとで立花たちばなが説明してくれる。またここで会おう」
ユウキのその言葉が合図かのように、目の前が真っ暗になった。

「ケンタ」
振り向くと厚手のコートに身を包んだマイがいた。
「なんで上向いてるの? どんよりした空でも見てる?」
「いや…うちの会社が入っているボロいビルとは違うなって思ってたんだ」
「ケンタの会社もIT企業でしょ?」
「小さなソフトウェア会社だよ。大企業の下請けの下請けさ」
自嘲じちょう気味にケンタは笑った。
「システムエンジニアをやってるってだけで、私は凄いと思うけど……。それにカオルのためにすぐに働いたんでしょ。ケンタには頭が上がらないって、カオルが前に言ってたよ」
高校を卒業して、ケンタは大学には行かず就職をした。
母子家庭で育ってきたケンタは、一日も早く母親の負担を少なくしたいと考えていた。また、色々と苦労している妹のカオルには、大学に行かせたいという思いが強くあった。
ケンタより二つ下のカオルは、同じ高校で陸上部に入り、マイの部活での後輩でもあった。
「高校のときからカオルのことを気遣ってくれて、マイには感謝してる」
ケンタは卒業以来、マイと話す機会は少なくなってしまったが、カオルは時々連絡をとっていたようだ。
「そんなこと……まぁカオルが陸上部にきたときは、ちょっと驚いたけどね」
マイは笑いながら言って、ケンタと同じようにビルを見上げた。
「こんなに高いビルなのに、βlueに入るところは地下なんて笑っちゃうね」
「確かに」とケンタも笑った。
「見かけなんか気にすんな。行こう」
マイはケンタの背中をポンと叩くと、ビルの入口に向かった。

受付で立花宛に来たことを伝えて、ロビーで待っているとき、マイが小声でケンタにささやいた。
「ユウキのこと、驚いたね」
「うん……」
ケンタもちょうど思い出していたところだった。

不破ふわユウキは、生きてます」
立花は、βlueから現実世界に戻ったケンタたちに、まずそう言った。
「じゃあなんでここにいないの? あなたと同じようにここに戻るはずでしょ?」
マイが大きな声を上げた。ケンタもあたりを見廻す。
青味がかったガラスの部屋から出てきたのは、ケンタ、マイ、コウ、そして立花の四人しかいない。
「皆さんが会われた不破は、βlueの中での存在ですが、この現実の世界でも生きてます」
「いったいどこで生きてるって言うの? さっき会ったユウキはなんなの?」
マイが少し苛ついたような声になる。
「今は……病院にいます。三年前に事故にあい、植物状態で意識がありませんが……生きてます」

ユウキが植物状態……。
「じゃあ、さっきまで会っていたユウキは…」
ケンタは、βlueでのユウキの様子を思い出しながら言った。
「不破が言っていた通りです。βlueで蘇らせました」
「そんな……普通に会話してたじゃない。ユウキの声だったし、ちょっと上から目線の話し方とか…」
マイも信じられないという顔だ。
「不破はこのβlueで蘇りました。ですから皆さんには、改めてこのβlueに入ってもらい、同じように蘇ったアサミさんと……」
「俺は降りるぞ」
立花の話を途中でさえぎり、コウは吐き捨てるように言った。
「何が『AIは偉大だ』だよ。メタバースかなんだか知らないが、現実の人間じゃない奴とまともに話なんかできるか、それに…」
コウは立花の顔を見ずに、エレベーターの方ににさっさと向かいながら話す。
「あんな気持ち悪い笑い方しやがって。……あれはユウキじゃない」

「コウは来ないよね?」
「あれだけ怒ってたから…たぶん…」
ケンタはコウの言葉を思い出していた。
気持ち悪い笑い方……ケンタもずっとβlueでのユウキに違和感を感じていた。
最初はユウキが成長し、見た目が少し変わったことでそう感じていたかと思ったが、違っていた。
コウが言ったように、ユウキはあんな笑い方ではなかった、というか笑い顔さえほとんど見なかった。
眼鏡の奥の冷たそうな目や、話すときの表情は昔のままだったが、ニカっと笑うようなことはなかった。
それに、今思えばβlueに入る前の立花の振る舞いも、少しおかしかった。
ユウキのことを話すとき、遠い目をしながら話していた。しかし……。
ケンタが思いを巡らせていると、立花がロビーに迎えに来た。
「お待たせしました。守山もりやまさんは、もう到着されてますよ」
「えっ!?」
ケンタとマイは顔を見合わせた。

「よう相棒」
前にも来た広い会議室に入ると、コウが椅子にふんぞり返って座っていた。
「やぁ……来ないかと思ったけど」
「来ないつもりだったんだけどな。あのあと、立花ちゃんにどうしてもって、頼まれちゃって」
マイが「『立花ちゃん』って……キモ」と小さな声でつぶやいている。
「俺の力が必要だって言われてな…、ほら俺、頼まれると断れない性格だから」
「あぁ……そう」
マイは「あんたが断らないのは美人だけだろ」とまた小声でつぶやく。
「皆さんお揃いになりましたので、さっそくβlueに入っていただきます」
立花がそう言うと、コウが「はい喜んで!」と返事をし、マイから白い目で見られていた。

ケンタたちが、この間のガラスの部屋からβlueに入ると、白い壁と床に囲まれた広いスペースで、ユウキが待っていた。立花はガラスの部屋に残り、βlueでの状況を外から見ているとのことだった。
「俺のことは立花から聞いたか?」
「AIで作られたロボットだって聞いたぜ」
コウがしかめっ面で言う。
「ロボットではないが……まぁいい。今日来てくれたってことは、協力してくれるってことだな」
「その前に一つ聞きたいんだけど…」ケンタが口を挟む。
「なんだ?」
「ユウキはなんで今さらアサミのことを調べようと思ったの?」
「今さらじゃない。俺はアサミが死んだときからずっと、真相を知りたいと思っている」

「ユウキはあの日休んでたよね?」
ケンタは昔を思い出していた。アサミの最後の日に、一緒に過ごせなかったことを後悔しているのだろうか。
「大学受験を控えてたからな。学校行くより、家で勉強する方が効率的だと思ってたんだ」
「ほとんどのやつが受験を控えてたんだけどな……お前はなんでそんなにアサミにこだわってるんだ?」
コウが聞くと、ユウキは即座に答えた。
「お前たちと一緒だ。アサミに片想いしてたからだよ」

「ハハ……聞いたかよ相棒」
コウが呆れた顔をしている。
「うん……ずいぶん素直に言うんだね」
ユウキは、アサミとつきあってるんじゃないかと噂されていた。二人で図書室にいるところを、ケンタは時折見かけていた。
「素直…か。まぁ内緒にしてても仕方ないからな」
「アサミが死んだときからって、どういうこと?」
マイが首を傾げながら聞く。
「どうしてアサミが死ななきゃならなかったのか、ずっと考えていた。……ケンタやコウはこの気持ち、わかるんじゃないか?」
確かにケンタも幾度となく考えた。コウも否定はせず黙っている。
「警察も満足な答えを出してくれなかったしな。だったら自分で調べようと思ったのさ」

「大学で学んだ情報工学の知識を活かして、会社でβlueの企画を出した。企画を通すためにもっともらしい理由もつけたが、一番の目的はアサミの死の真相を調べることだ。そのために今まで準備してきた」
「まぁ…お前と同じ気持ちかどうかはわかんねぇけど」
コウは頭をかいている。
「アサミのことは気になってたんだ。真相が別にあるかも知れないって言うんなら、協力はするぜ、な?」
コウがケンタとマイを見る。ケンタはうなずき返す。もちろんケンタもアサミの死に新たな事実があるのなら、知りたいと思っている。

「今日は京青けいせい高校じゃないんだね」
マイが周りを見ながら言う。
ユウキは、白い部屋の奥にある青い扉を指差した。
「そのドアを開ければ京青高校だ。その前に今からの流れを簡単に説明しておく」
そう言って、ユウキはケンタたちを見廻した。
「再現するのはアサミが死んだ日だ。朝登校するときから始めて、ケンタが夜アサミを発見するまでを再現する。アサミとその日話した内容は思い出してくれたか?」
ケンタたちは、当時の状況をまとめた資料を、予め立花から渡されていた。
ケンタはそれを見て、その日アサミとどんなことを話していたか、改めて振り返っていた。
「話した内容は大体思い出したけど……どこまで再現すればいいの?」
ケンタが聞くと、
「もちろん一言一句再現しろとは言わない。ただ、あの日と違う話はするな」とユウキは言った。
「アサミ以外の人とは話しちゃ駄目なのか?」
コウが疑問を口にする。
「お前たち以外の生徒や先生は、記号化されている……つまり話しかけても何の反応もないってことだ」
「朝から再現するんでしょ。授業とかはどうなるの?」
マイが聞いている。
「アサミがお前たちと係わっていないところは再現しない。朝のあとはすぐ昼休みだ」
ユウキは答え、改めてケンタたちのことを見廻した。
ケンタたちが黙っていると、ユウキは、
「他に質問はないようだな。じゃあ始めようか」と言った。
「そのドアを開けて、過去のアサミと会ってこい。ケンタ、まずはお前からだ」
ユウキがケンタを見てニカっと笑った。

ケンタは、京青高校の校舎を見上げた。
あの日もこんな風に校舎を見ていただろうか。
ケンタは下駄箱まで歩き、靴を上履きに履き替えた。そのとき……。
「おはよう!」
振り向くとそこにアサミがいた。

(第3話につづく)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?