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[ちょっとした回想]天井の誘い

明日が見えないときなんて、今もそうだし、あのときもそうだった。
いつの日だったか、明日が見えないときがあった。でも、それは今もそうだし、この先だってそうだと思う。
ただ、今と少し違ったのは、暗闇の先に続く道に、足を踏み入れることを躊躇させるほどの畏怖があったからだった。自分の臆病心が露呈されたのか定かではないが、とにかくあの頃は、自分の置かれた状況に対して、もがいていただけだったのかもしれない。
なぜそこにあるのかと不思議に感じる薄茶色のシミがついた、薄っぺらい天井を見ながら、僕はただ無心にいた。外には、魚すら通り抜けられるほどの粗い網を海に放った漁師のように、なんのためのアナウンスなんだろうとと思わせる豆腐の行商がたむろしていた。
一人で薄暗い家の中で、天井を見つめる。そんな行動にどんな意味があるかなんて、わからない。あえて言うなら、そんなことしかすることがなかった。ため息をひとつ、またひとつと吐き出す様子がとてももの悲しい。
どれくらい時間が経ったのか、気づけばあたりは、ひんやりと暗くなってきたようだ。重い腰がギシギシと錆びついていたかのように、ゆっくりとあげる動作が、とても鬱陶しく感じる。立ち上がって僕は、コンピュータの電源ボタンを押し、画面から解き放たれた灰色の光を確認して、その場から去る。古びた床が、一歩歩く度に悲しげな声を上げる。行き着いた冷蔵庫から牛乳を取り出し、パックのままいっきに飲む。渇いた喉を潤すと、背筋と肩が張った。

時は三月。だけど夏のような日。
ただ生きることがかなしいと思ったあの日。
でもそれから20年。僕はまだ生きている。しっかりと着実に。

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