アメリカは「新規学卒一括採用」ーーNACE

2019年10月30日、全国大学使用者協会 NACE(National Associacion of Colleges and Employers)を訪問。

ニュージャージー州ニューアーク空港そばから高速道路で1時間半ほどの郊外、ペンシルバニア州ベツレヘム市に位置する。

対応者はMarilyn Mackes, Excecutive Dirctor; Ed Koc, Director of Research; and Josh Kahn, Assistant Director of Researchの三名。

NACE設立から現在まで

1960年代に調査研究機関としてスタートしたNACEは、1970年代から80年代にかけて、調査研究によるエビデンスをもとにしつつ、企業と大学とをつなぎ、学士レベルの学生の職業への移行をサポートする機関へと移行してきた。

NACEはペンシルバニア州ベツレヘム市1箇所の事務所で、法人格はNPO。

スタッフは35で組織は7部門で構成される。

**NACEの業務(採用・就職支援活動の標準化) **

NACEは、企業約1000、大学約2000を会員とする。
参加企業はグローバルもしくは全米展開するレベルで、参加大学はあらゆるレベルのフルレンジが参加している。

これらのメンバーに、企業に対しては採用担当者、大学に対してはキャリアセンター担当者に情報提供を行うとともに、採用方法および就職活動支援方法について教育(educate)している。この作業を通じて、会員企業の採用活動および就職支援活動を標準化(staderdize)している。

また、NACEは、会員企業および会員大学向けのセミナーを開催している。直近のセミナーの参加者は2500名だった。この場を通じて、企業と大学は、情報収集や教育だけでなく、互いに知り合い、ネットワークを構築するための機会している。

日本における就職情報提供を行うリクルートや毎日コミュニケーションといった企業と異なり、学生に対して直接にコンタクトを取ることはない。

**NACEの対象学生 **

NACEが対象とするのは、学士レベルの学生を採用したい企業および、彼らの就職活動を支援する大学のキャリアセンターである。

学士レベルの学生が最も多いボリュームゾーンになっている。修士、博士、コミュニティカレッジやテックカレッジ、高校といった学生に対してはNACEと同様の組織が存在しており、サポート活動をおこなっている。 

グローバル企業の場合、アメリカ国外で採用活動を行うということもあるが、それもまったくオープンに行うわけではなく、それぞれの企業が戦略をもって、特定の大学と密接な関係をダイレクトにつくったり、NACEのような第三者機関が関与したりといったかたちが一般的である。

**アメリカの新規学卒一括採用 **

アメリカの大学生はおよそ2年時から就職のための準備を始める。

企業の採用担当は大学のキャリアセンターと密接な関係を保ちつつ、学生にアプローチする。その場合、採用担当者は大学のキャリアセンターにブースを持っていることや、セミナー、パーティなどの機会を活用する。NACEによれば、企業の採用担当と大学のキャリアセンタースタッフとのコラボレーションの中に学生が置かれるということであった。

こうして学生にアプローチできる企業は、個別の大学のキャリアセンターに登録されている企業に限られている。つまり、学生からすれば、キャリアセンターに登録されている企業からしか就職先を選べないことになる。

採用は職種別に行われるため、エントリーレベルの知識を提供するためにインターンシップが存在している。企業側は、必要な資質や数について職種別に相当する各部門が要望を人事部門に伝える。インターンシップの場面ではそうして事業部門の関係者が学生と接触することがあるが、実際の採用活動を行うのは人事部門であり、その意味では集権的な採用活動が行われている。

企業側はこのような学生に働きかける期間ののち、実際に学生が勤務する10ヶ月前から具体的な採用活動に入る。つまり、およそ10カ月間を具体的な採用活動に費やすことになる。そのことをNACEはyear round、つまり通年採用と呼ぶが、それは、日本で一般的に考えられているような、一年間を通していつでも採用して働き始めるという意味ではない。

一年を通した企業側の採用は、金融・銀行が最初、メーカーがつぎ、公共部門、メディア、そして最後にNPOというように、ツリー構造で行われるのである。 つまりそれは、産業セクターごとに時期を決めて採用活動が行われるということである。

こうして、企業にとって採用活動が終わり、学生にとってはいくつかの候補から採用先を決定する。

卒業してからすぐに働き始める

その後、5月から6月にかけて、セレモニーとしての卒業式が大学で行われるが、学生はそのあとにすぐ働き始める。卒業式から働き始めるまでの期間にギャップはない。

時として、企業側のニーズにより卒業式前に働き始めることや、景気が悪く卒業式までに就職活動が終わらない時などは、卒業式後に働らき始めるということはあるが、一般的なケースではない。

学生は限られた選択肢のなかから採用先を選ぶ

学生は自分が所属する大学のキャリアセンターに登録していない企業に直接コンタクトを取って、もしくは企業側が直接学生にコンタクトをとってという就職活動が行われるという可能性がないわけではない。

しかし、それは、学生が複数の学部で優秀な成果をあげていて、そのことが企業側にもよく知られているといった場合であり、可能性としてはないわけではないが、まずあり得ない

その根拠として、企業側も大学側もブランド戦略をとっており、誰もが就職したい企業、どの企業も採用したい学生のいる大学といったイメージを作る努力をしており、その戦略に合わせた採用活動と学生の進学があるからである。具体的には、学生は誰もがグーグルに就職したいのであり、グーグル側はスタンフォードから採用したいといったことである。

キャリアセンター職員

大学のキャリアセンター、学生に対するカウンセリングからスタートしたことから、心理学の博士号、修士号を取得した者がスタッフとなっているケースが多かった。

しかしながら、ここ20年間ほどの傾向として、キャリアセンターの主たる業務が企業の採用担当者との協力関係を構築する方向へと移行したことから、その方向へとキャリアセンターの職員も変化しつつある。

具体的には、学士卒でキャリアカウンセラーの資格を有するスタッフが増えているということである。

これにより、キャリアセンターの職員の内訳は、博士号、修士号取得者と学士号取得者がそれぞれ半々という状況になっている(2018年に訪れたニューヨーク市立大学バルーク校のキャリアセンターはトップが心理学の博士号取得者であった)。

企業の採用担当スペシャリストと採用対象大学

前述のように、採用ニーズや必要な人数は企業の個別部門から寄せられるが、それらを調整するとともに、学生に直接に接触するのは採用担当スペシャリストであり、彼らの所属は人事部門である。

採用担当スペシャリストは、キャリアセンター職員と密接に連携して、その年に採用する予定の人数を伝えたり、応募した学生のうち、何人を実際に採用したのかという情報を伝えている。これらの情報はキャリアセンターの事業評価に活用されている。

採用担当スペシャリストの人数は企業ごとに限られている。一方で、その仕事の内容は、キャリアセンターの職員と密接な関係をつくるとともに、学生とは2年生から採用までの間、長期的な関係をつくることである。これらの業務はここ20年の間に必要性が高まっている。

一つの大学のキャリアセターに関わらなければいけない時間が増えている一方で、採用担当スペシャリストの人数が増えているわけではない。したがって、企業は採用対象大学の数を絞り込み始めている。たとえばデルはかつて200の採用対象大学があったが、現在は20へと10分の1に減少させている。これにより、採用担当者が巡回しなければならない大学の数が少なくなる。

企業のスキルニーズと人物本位採用

企業が学生に求めるスキルニーズを列挙すると次のようなものである。

クリティカルシンキング、コミュニケーション、問題解決能力、チームワーク、リーダーシップ。

これらのスキルニーズは、対人関係を企業が重視している証左であり、この傾向は近年ますます高まっている。そのため、大学のキャリアセターはこうしたニーズに対応するためのコースを学生向けに提供するようになっている。

日本でいうところの、コミュニケーション能力や外見が採用に影響を与えるという点においては、アメリカにおいてもほとんど同じであり、それは企業のスキルニーズによるところが大きい。

そのため、アメリカ企業の採用では、日本と同様に適性検査を実施することが一般的だが、企業の対象担当スペシャリストはそれらの検査はほとんどあてにしいないという。一つには信頼性の問題があるが、もう一つは、それらの検査に頼る必要がないほど、学生や大学のキャリアセンターと個別の関係をつくっているからである。

ミスマッチを防ぐ役割としてのインターンシップ

企業にとって採用した学生がどれだけ長く勤め続けるかということは、採用にかける経費との関係から大きな問題である。

年齢が若い学士卒の学生を職種別に採用するということは、即戦力とはならないまでも、エントリーレベルとしての最低限の経験をつけていることが前提条件となっている(裏を返せば、インターンシップでエントリーレベルよりも上位の専門家としての能力を期待していないということになる)。

このインターンシップの機会が学生に対して、自らの希望とのミスマッチを解消することになり、長期勤続の足掛かりとなる。

学生の大学選択

企業が採用対象とする大学の数を絞り込むということは、特定の大学に進学することで、就職できる企業が決定されてしまうということになる。

それでは、高校生のころから就職先企業を想定しながら、進学先を決定しているのかと問いかけたところ、そうではないという。

それは高校生が進学先を選択する仕組みが日本と異なることに基づいている。

高校には進学先をアドバイスするカウンセラーが常任しており、高校生は二年次あたりから、進学先について個別に相談をする。その内容は、「都会にでたい」「地元がよい」といったことや、「どのような進路に進みたいか」といったことで、そこには具体的な企業名が入るわけではない。

しかしながら、結果として大学に進学すれば、必然的に選択できる企業は特定されることんある。

だが、大学生は希望する企業とうまくマッチできなければ、大学院に進学するといったことで、新たな道を開くということで対処することが可能であり、その方法は一般的に活用されている。

GPAスコア

企業が採用活動を行うときに、学生のGPAスコアを活用する。

一方、レベルの高い大学のGPAスコアと低い大学のGPAスコアは同じではない。たとえば、プリンストン大学のGPAスコアは全米でももっとも低いことで有名である。つまり、優秀な大学が低いスコアをつけたり、そうでない大学が高いGPAスコアをつけることがある。

しかしながら、企業側はそもそも、採用対象大学を絞り込んでいるために、こうしたばらつきがあることは問題とならない。なぜなら、個別大学ごとにGPAスコアをみればよいからである。

そしてGPAスコアは採用の決め手ではなく、足切りのために活用されいている。

足切りのための基準点は不動ではない。景気変動に影響される。たとえば景気がよく、採用したい人数に比べて対象となる学生の数が少ない場合は、足切り点数がさがり、その逆であれば点数があがるといった具合である。

その点で、全米の大学のGPAスコアの相対評価は難しいが、その必要はないということができる。

【感想】

なによりもまず思うことは、「アメリカは日本と違って新卒一括採用をしていないとの言説はどこから、誰が、何のために流布したのか?」ということである。

この言説にはなんのエビデンスもない

そのうえで、「新卒一括採用をしていないから、アメリカ企業は労働市場に柔軟性があり、経済発展に寄与している」との結論が導き出されている。

事実は、アメリカであれ、日本であれ、人々が生活し、子供を育て、親を介護するという日々の営みになんらの違いはなく、そのためにこそ、ある特定の制約が社会にはあるということである。

アメリカの学生が、卒業してもしなくても、インターンシップの機会を自ら探し、モラトリアムを過ごす。一方で企業側は最適な人材を「広大な」労働市場から見つけ出すことができる。

これは、おとぎ話である。

システムは標準化(Standardization)の方向に向かう。学生は奨学金や親からの援助で進学し、生活の糧を得なければならない。企業は優秀な人材を求めるがかけられるコストには限りがある。これらの条件から、おとぎ話でうまくいくわけがないのは自明のことである。

もう一つ言及したいことがある。

柔軟性が高まれば経済が発展する、ということについてである。

企業は優秀な人材を求めて職種別採用を一括で行う。アメリカの賃金は年功型ではないものの、学士卒はエントリーレベルからスタートするために初任給はけして高いわけではない。その後、経験を積ませ、教育機会を提供すれば、賃金は上昇していく。その後に転職されたら。個別企業にとってかけたコストはどうなるのか。ここでは賃金に下方硬直性が働く。

それは、アメリカ企業における転職の一般的な仕組みに対する日本からの誤解もある。

一般的な転職は、労働者が自ら行うのではなく、ともにプロジェクトで仕事をする同業他社に引き抜かれる。アメリカの転職のもっとも大きい割合は、転職エージェントによるものではなく、コネクションによるものである所以る。

あたりまえとされてきた通説や思い込みでものごとをすすめていいはずがない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?