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スラムの隣人

 アフリカ大陸の南西の果てに、テーブルマウンテンという山がある。目の前に広がる景色を覆い尽くす、巨大な台形の岩の塊である。剣で斬られたかのように平坦な山頂が、他の山とは異質の空気を放っている。この山には心があって、僕を見ているのではないかと感じさせるような空気を。あまりに雄大で威厳のあるその姿に、圧倒されぬ者はないだろう。そんなテーブルマウンテンに見守られて、ケープタウンという街が広がっている。ケープタウン、なんと聴き心地のいい名前だろう。穏やかで、彼方を感じられ、幻のように儚げな響き。道程と終着の曖昧な旅の中で「ああ、ここまで来たのだ」と感じさせてくれるのは、こういう場所だ。
 テーブルマウンテンを望む時、その山が今見ている物、これまでに見てきた物に思いを馳せずにはいられない。それは巨大な鏡のように、僕と世界を映して見せつける。そして、その度に僕は喜びを覚え、痛みを感じ、最後には混乱してしまうのだった。
 ケープタウンで見てきたものは、世界の縮図のようでもあり、時代の縮図のようでもあった。僕が誰なのか、誰の友なのかによって、その巨大な鏡に映って見える物⁠がすっかり変わってしまう。この街での日々はある男との出会いで始まった。彼の名はオーブリーといった。

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