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KPI不足でも投資家を惹きつける:ビジョン先行のプレゼン戦略


想定読者

本稿は、まだトラクションが明確でないアーリーステージのスタートアップ経営者や資金調達担当者を想定しています。

ローンチ直後で実績KPIが揃わず、投資家との面談で「数字が不足しているため出資できない」と言われ、戦略を見直したい方に向けた記事です。

はじめに

スタートアップにとって資金調達は、必ずしもKPI達成が整った段階で行われるわけではありません。
むしろ、現時点では大きな成果を示せず、まだプロダクト改善やマーケットフィットを探る過程にある状態で、次のキャッシュインが必要になることは珍しくありません。

しかし、多くの投資家は「成長可能性の見える化」を求め、特に定量的な裏付け—具体的なKPIや明確な市場 traction—が無いと出資判断に慎重になります。「今は数字が未達でも、将来こうなる」というストーリーをどう伝えればよいのでしょうか?

本記事では、限られた実績しかない段階でも、ビジョンを軸に説得力を高めるプレゼンテーション戦略を整理します。
将来の市場拡大、拡張性のあるビジネスモデル、実行可能性の高いロードマップ、チームの優位性といった要素を丁寧に組み立てることで、「まだ実績が出ていない」という不安要素を上回る魅力的な投資ストーリーを描く方法を解説します。

1. 市場のロジックを示す:空想ではなく合理的な期待値へ

単に「将来こうなりたい」というビジョンを示しても、投資家は「なぜそうなるのか?」を問います。その問いに答えるためには、以下が重要になります。

  • 市場規模の拡大予測:独立した調査機関や信頼できるリサーチによる市場成長データを提示しましょう。具体的な数字や指標を用いて、ビジョンの前提となる市場の拡大性や成熟度を示します。

  • 潜在顧客ニーズの未充足性:既存のプレイヤーが十分応えられていない問題は何か? 顧客の「こんなサービスが欲しかった」という声や、既存ソリューションが抱える抜け穴を明確化することで、あなたが打ち出すビジョンに必然性を与えます。

  • 技術革新・法規制変化などの転換点:これから市場に有利に働く技術進歩や、制度面の追い風がある場合、それを具体的な裏付けとして示すことで「なぜ今がチャンスなのか」を説明できます。

2. ビジネスモデル拡張性とスケーラビリティを強調する

投資家は「投資後、どれほど大きな事業に育つか」を見ています。実績が乏しくても、スケールアップのロジックを明確に示すことが可能です。

  • アップセル・クロスセルシナリオ:現時点で得られる小さな顧客基盤に対して、どのような追加サービスやグレードアップが可能か。顧客LTV(顧客生涯価値)増大のシナリオを描きます。

  • 新規ターゲット層・海外展開:今はニッチなセグメントでも、将来的には関連分野や海外市場への展開が可能なことをロードマップ化します。

  • 競合優位性の拡張:自社のコア技術やノウハウを、他領域や他のビジネスモデルに水平展開できる可能性を提示すると、将来の成長余地を感じてもらいやすくなります。

3. 明確なロードマップを提示する

ビジョンは壮大であっても、そこに至る道筋が不明瞭だと投資家は懐疑的になります。短期・中期・長期のマイルストーンを明示しましょう。

  • 3つのフェーズ設定

    • 短期(6~12ヶ月):初期顧客数の増加、サービス改善、PoC強化など

    • 中期(1~3年):国内での市場シェア拡大、新機能リリース、パートナーシップ拡充

    • 長期(3~5年):海外展開や新規事業立ち上げ、主要な売上柱の複数化

  • 計画に基づくKPI目標値:現時点で不十分でも、未来に達成すべきKPIを提示し、その裏付けとなる施策や根拠を示すと説得力が増します。

4. 初期的エビデンスや顧客反応で「芽」を見せる

たとえ実績KPIがまだ不十分でも、小さな成功や前向きな顧客反応を示すことで、ビジョン実現性を担保できます。

  • 顧客フィードバック:少数だが熱心なユーザーがいる場合、そのロイヤルティや繰り返し利用など、定性的な証拠を示しましょう。

  • PoC・テストマーケティングの結果:プロトタイプ版で得られた反応や改善点、ユーザーインタビューで見えた可能性を共有することで、今後のスケールアップが現実的に感じられます。

5. チームの実行力・優位性を強調する

ビジョンやモデルが優れていても、実行するのは最終的に「人」です。投資家はチームを見ています。

  • チームメンバーの経歴と強み:なぜこのチームならビジョンを実現できるのか。メンバーの専門性、過去の成功体験、業界知見を明確に伝えます。

  • 迅速な改善サイクルの実績:初期段階でも顧客の声をもとに急速にPDCAを回している事例や、開発スピードの早さを示すことで「拡大できる組織」への信頼を醸成します。

6. リスクと対策を率直に説明する

ビジョンが大きければリスクも存在します。それを隠さず、真摯に説明した上で対策を提示する姿勢は、投資家からの信頼を高めます。

  • 主要リスクの列挙:技術的課題、顧客獲得コストの不透明性、規制変更リスク、競合参入など。

  • リスクヘッジ策や代替計画:万が一の際のプランBや、段階的なフィードバックループを組み込み、リスクをコントロールできる体制があることを強調します。


ピッチデックの参考例

1. 表紙・タイトルトラック (Title Slide)

  • 会社ロゴ・事業名・タグライン

  • 創業メンバー名(CEO・CTO等主要メンバー)

  • 連絡先情報

2. エグゼクティブサマリー (Executive Summary)

  • 一文で表す会社のミッション・バリュー・提供価値

  • 現在のステージ(アーリー段階、PoC完了済みなど)と資金調達の目的(〇〇万円の追加資金を用いて、何を目指すのか)

3. 市場・問題提起 (Market & Problem)

  • ターゲット市場の規模・成長性を示すデータ(調査レポート、信頼性ある統計)

  • 現在、顧客が抱えている解決されていない課題や非効率性を端的に提示

  • 将来、市場がどう変化し、なぜ今が参入・拡大の好機なのか(技術トレンド・法改正・社会的ムーブメント等)

4. ソリューションとビジョン (Solution & Vision)

  • 将来的にどのような価値を実現するのかを明確に(ビジョンステートメント)

  • 顧客がこのソリューションを使うことで得られる理想的な未来像を描写

  • 長期的にはどのようなエコシステム・プラットフォームを形成するのか、拡張性のある世界観を示す

5. ビジネスモデルとスケーラビリティ (Business Model & Scalability)

  • 基本的なマネタイズ手法(サブスクリプション、取引手数料、広告モデル等)

  • 将来、どのような追加サービス、アップセル、クロスセルが可能になるのか

  • 海外展開や関連分野への水平拡張など、長期的な拡大シナリオの例示

6. ロードマップとマイルストーン (Roadmap & Milestones)

  • 短期(6~12ヶ月)、中期(1~3年)、長期(3~5年)における主要な目標設定

  • 将来達成すべきKPI(ユーザー数、LTV、主要取引数など)や実現したいプロダクト機能・サービスラインナップ

  • 次の調達で何を実行し、どう成長に結びつけるのかを明確化

7. 初期顧客反応・PoC結果 (Initial Traction & Proof Points)

  • 必ずしも大きな実績数字ではなく、初期ユーザーからの定性的なフィードバック

  • PoCやテストマーケティングで得た改善可能性やエンゲージメント指標

  • 最初の数十~数百ユーザーの満足度、リピート利用率、NPS等

8. チームと実行力 (Team & Execution Capability)

  • コアメンバーの経歴や専門性、これまでの関連領域での実績

  • チームとしてのアジャイル性、迅速な開発・改善サイクルの事例

  • アドバイザー・メンター・パートナーシップなど、成長を後押しする外部ネットワークの紹介

9. リスクと対策 (Risks & Mitigations)

  • 想定される競合リスク、市場変化リスク、技術的課題を率直に列挙

  • リスクに対するヘッジ策や代替計画(プランB)を提示

10. 投資家へのオファー (Investment Ask)

  • 求める投資額と、その資金で実現する主要ミッション(プロダクト強化、人材採用、市場拡大など)

  • 出資後の期待されるリターンや、次回調達・Exit戦略に関する概要

11. まとめ (Closing Slide)

  • ビジョンを再強調し、なぜ本プロジェクトが将来大きな価値を生むかを再確認

  • 次のステップ(面談、追加資料送付)等を明示しアクションを促す


おわりに

「まだ大きな数字がないから投資を受けられない」という状況下でも、「なぜ将来、成長曲線が描けるのか?」をロジカルに提示することで、投資家の信頼を獲得することは可能です。
市場の潜在力、拡張性のあるビジネスモデル、段階的な進行計画、チームの実行力、そして初期反応から得たわずかなエビデンスさえも、未来の成功を予感させる要素になります。

大切なのは、漠然とした希望的観測ではなく、情報に裏打ちされた「根拠ある期待値」を示すことです。
ビジョンに説得力と現実性が加われば、投資家との対話は「まだ数字が足りない」から「このチームなら数字を創り出せる」へと変わっていくはずです。
次回のピッチに向けて、ぜひビジョン先行のプレゼン戦略を再考してみてください。

著者プロフィール

畠山謙人 / Hatayama Kento
会計士・税理士
シードスタートアップの税務顧問
スタートアップの資本政策アドバイザー

シード期のスタートアップに特化した会計士・税理士。資本政策と財務戦略の最適化を通じて、スタートアップの成長加速を支援。
創業期特有の課題に寄り添い、適切な資金調達と持続可能な成長を実現するための伴走型アドバイザーとして活動。
実務に即した会計・税務・資金調達の知見を発信しながら、スタートアップエコシステムの発展に貢献できるよう日々奮闘している。

Twitter: @kandmybike

Podcast: 畠山謙人podcast


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