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魚の目が黒いうちに、食べたい。

秋田県にかほ市で漁師をしている「えっこさん」にお話を聞きに行った。
えっこさんは、高校を卒業した後すぐに漁師になり現在8年目を迎える秋田県最年少船長。愛船「隆栄丸」と共に底引き網漁法で日々魚を獲っている。

えっこさんとは、にかほ市の「にかほのほかに」で開かれたイベント ーREIWA47キャラバンーで出会った。このイベントは生産者さんから直接旬の食べものが買えるアプリとして知られる「ポケットマルシェ」の開催しているイベントで、47都道府県の全てで開催を予定している。
僕が農業に興味があることを知っていた地域おこし協力隊の先輩が、行ってみたらどう?と誘ってくださり、行くことになった。

イベントの内容は代表の高橋博之さんが2時間ぶっ通しで喋り続けるというものだった。高橋さんのお話はめちゃくちゃおもしろくて、そして真に迫っていて、ほんとうに心が揺さぶられた。人の話を聞いて、興奮して手が震えるような経験は初めてだった。

ほんとうはそのイベントについてのnoteを書きたいくらいなのだけど、主題から逸れてしまうのでぐっと堪える。代わりに高橋さんのお話のキーワードをここに記す。もし興味のある方がいればリンク先のHPをご覧になっていただきたい。また、地元での開催などあれば是非足を運んでいただきたい。

「人間中心主義的に構築された社会がもたらした地球の環境問題が、農家や漁師の実害として現れはじめている」

「コロナウイルスがもたらした人間が稼働しない状況が地球にとってノーマルであり、これまでがアブノーマルである」

「消費者と生産者が直販売という形で繋がることで、消費者はスーパーで当たり前のように買える食料をありがたく思えるようになるし、生産者は薄利多売で機械のように生産しなくてもよくなるので、人間が人間らしく生きることができるようになるのではないか」

・・・

高橋さんが話し終えた後、高橋さんなら農業に振り切って生きていく自信がない自分になにかアドバイスをくれるかもしれないと思って、勇気を振り絞りこのような質問をした。
「農業をやってみたいと思い、畑を借りましたが大変さのほうが強くて、収穫できた時もあまりうれしく思えませんでした。高橋さんがお会いしているような農家の方は農業にどのような魅力を感じているのでしょうか?」

この質問に高橋さんはひとことで答えた。
「農業向いてないんじゃない?やめれば?」

ぼくはまさかそんなことばが返ってくると思っていなかったので絶句した。高橋さんは続ける。
「みんな向き不向きがある。田舎が合う人もいれば都会が合う人もいるからね」

イベント終了後、高橋さんにお礼を言って誰とも会話せず外に出た。
田舎に住む、生産者でもないおれはなにをすればいいんだろう?
高橋さんの話を聞いて、農業を無理にしないでもいいんだと思えたものの、逆になにをすればいいのか、途方に暮れるような気持ちになっていた。

たぶんそんな僕の俯き顔を察してのことだったのだろう。えっこさんは僕に話しかけてきてくれた。
「あ、マタギの人だ!おつかれさまです。漁師をやってます」
僕が全体の質問の時にマタギをやりたくて北秋田市に来たことを言ったからそのように声をかけてきてくれたのだ。

えっこさんと少しお話した後、僕は「今度、お話し聞きに行ってもいいですか?」と言っていた。えっこさんは、なんの躊躇もなく「いいですよー」と言ってくれた。
そのときは、衝動的にインタビューを申し込んでしまったのだけど、後から考えると秋田に住んでいて生産者でもない、なる勇気もない自分でも、本気で一次産業に取り組む人たちの話を聞いて、誰かに伝えることはできると思ったのだと思う。

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当日、高速を逆に走ったり、同じところをぐるぐる回ってしまい30分ほど遅刻してしまったのだけど、なんとか待ち合わせの海岸にたどり着けた。
えっこさんは事前に「船に乗って釣りでもしながらお話しましょう」と言ってくれていたので、その場の流れでいろいろお話が聞けたらいいなあと思っていた。

ところが、「今日は風が強いんで船出せないですね」とえっこさんは言った。たしかにその日は風が強かった。けれど素人の僕からすると、台風ほどの風でもないし、なんなら心地よい風くらいのような気がしたので少し驚いた。

「これくらいの風でもけっこう危険なんですよ。死ぬのは簡単ですから」
「でも逆にいくら雨が降っていても、風がなければ出航したりもします。出航するかどうかは天候次第なんです」

秋田は雨が多いイメージが僕にはあったので、実際どれくらいの頻度で出航することになるのか聞いた。

「出航するのは月に15回くらい、10回くらいのときもあります。でも1日の拘束時間は長いです。朝の1時に出航して、帰ってくるのは17時頃です。だいたい一回の漁に1時間半ほどかかってそれを7、8回繰り返すという感じです。それが3日続く日もあります。そういう場合は大変ですけど、それでも次の日は休みですからね。ずっとそれが続くわけじゃないので」


「えっこさん」は自身の船を持っている。その名を「隆栄丸(りゅうえいまる)」という。「出航はできないけど、船に乗りますか?」と誘っていただき僕ははじめて漁船に乗った。
僕が全体重をかけて足を踏み入れても、隆栄丸はびくともしなかった。だからなのか、船に乗ったという感覚にはあまりならなくて、なんだか部屋にお邪魔したような感覚があった。

「船の揺れに慣れるのに3年かかりました」とえっこさんは言った。
「それまでは酔い止めの薬をガブ飲みしても酔いが止まらなかったのに、ある日急に酔わなくなったんですよ」
人間の重みなんかではびくともしないこの船でも、海の上ではきっと想像を絶するほど揺れるのだろう。自分が船に乗り、3年間の酔い止め薬生活をすることを想像して、吐きそうになった。

乗組員の方々が寝泊りする部屋も見せてもらった。
「乗組員たちがキレイにつかっていないので、汚くてすみません」
えっこさんはそう言った。たしかに、お世辞にもキレイとは言えなかったけれど、剥がした後のある掛布団や壁にかけられたビニール袋の中のカップラーメン、汚れたガスコンロに炊飯器、開け放たれた段ボール箱たち、そこには普段の生活が満ちていて、えっこさんや隆栄丸の乗組員が寝起き食べする姿がありありと想像できた。

船を一回りしたところで、乗組員の寝床の上にある操舵室に連れて行ってもらった。操舵室はその名の通り舵を操る場所だ。だいたい人が2人入って少し窮屈だなと感じるくらいの部屋に、魚を感知するレーダーなどの機械と、舵があった。
「この舵はほとんど使いません」とえっこさんは言った。
「船にはタイヤがないでしょう?だから回すといくらでも回ってしまうんですよ。それで回しているうちに船がどこを向いているのか分からなくなるんです。この舵は水で電気系統がやられてしまったときの保険です。実際はこっちを使います」とえっこさんは音量を変えるときのつまみのようなものを掴んだ。

「これを使います。真ん中でカチッと音がしますよね。ここに合わせれば直進して、曲がりたいときにはこれをパチンコみたいに回します。すごく簡単でしょ?」
「魚を探知するレーダーの信号をみながら操縦します。他の漁船に当たりそうになったらセンサーが反応して警告してくれるようになっているんです。だから基本的に外を見て操縦することはないですね」
と、言いながらパチンコを打つみたいに舵をひねるえっこさん。
えっこさんが出航するのは夜中の1時だ。車の運転のように道路があるわけではない。周りに目印となるものがあるわけでもない。探知機を頼りに魚を探し底引き網で獲物をとる。僕は終始うなりながらえっこさんの話を聞いた。

・・・

僕はえっこさんがポケットマルシェで出品している2160円(送料別)のお魚詰め合わせセットを購入した。カレイが5匹、カナガシラが5匹、スルメイカが3杯入ったセットだった。

セットの内容は季節によって、また獲れたものによって変わる。
獲れた魚はまず漁協に出し、競りを行う。競りで勝った業者にキロ単位で販売する。ポケットマルシェや食べチョクなどでの注文があった場合は、出品するための魚をとっておいて、残りを競りに出す。とっておいた魚は獲れたその日のうちに出荷して、だいたい24時間以内に消費者のもとへ届くようにするという。
えっこさんから買った魚の目は黒く光っていて、まるで生きているかのようだった。どの魚も刺身にして食べられるくらい新鮮なのだ。

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「スーパーに並んだ魚は最低でも獲れてから2日以上経ってますよ。僕が獲った魚を『魚の目が黒い』と言ってくれたけど、それこそスーパーに並んでいる魚の目は死んでますよね。しかも、それを買う人がこんなにいるんだ、ということにもおどろきました」

正直な話、スーパーで買いものをするとき、魚が新鮮かどうかなどあまり気にしてこなかった。どちらかというと、「この魚、いつまで食べられるんだろう?」と賞味期限ばかりを気にしてしまっていた。
スーパーが悪いわけではない。でもスーパーだけで買いものをしてもえっこさんをはじめとした生産者さんの姿は見えてこない。
当たり前の話だと笑われるかもしれないけれど、えっこさんと話していると、僕が食べた魚はえっこさんが獲った魚なのだと実感するのだ。

「カナガシラは年中そこらへんで泳いでますよ。スルメイカもいつでも獲れるといえば獲れますが、いまが旬です。網にかかる量が多いんです」
「漁の方法にもいろいろあるのですが、僕は底引き網という漁法で魚を獲っています。海底から高さ2メートルくらいの範囲に網を張って引き揚げるんです。よく「サバやアジを入れて」なんていう注文もあるんですが、底引き網で回遊魚は獲れないのでお断りしています。(笑)」
「底引き網だからこそ、出品するときには必ずカレイを入れています。カレイは年間通して獲れる魚だし、底引き網で獲っていますという宣言にもなるので」

獲れたての魚を手に入れれば、きっと多くの人が「新鮮なうちに食べたい」と思うのではないだろうか。賞味期限の書かれたラップに包まれ、所狭しに並べられた魚ばかり見ていても、そんな気持ちは生まれないだろう。
「新鮮なうちに食べたい」という気持ちは、新鮮なものを手に入れることでしか生まれない。

・・・

休みの日にもかかわらず、嫌な顔ひとつせずに僕の突然の訪問を受け入れてくれたえっこさん。そのことにも理由があるようだった。

「漁業は農業に比べて外からの人が入ってきにくいイメージがあると思うんです。農業体験はあっても漁業体験ってあんまりないでしょう?まあ今日は漁業体験というわけではないですが、漁師という職業に興味をもってくれることが嬉しいし、来たいという声があればいつでも歓迎しています。
少し前にTwitterで漁師体験募集とつぶやいたら、何人かから反応があって。
再来週くらいに四国から1人うちにくるみたいです」

「最終的には、漁師体験と鳥海山のハイキングを合わせた観光ツアーのようなことをやってみたいなと思ってます。ここらへんの地域では小学校の授業に組み込まれているような、船に乗ったり山に登ったりする経験を求めている都会の人がいると思うんですよね。もちろんまだまだツアーのようなことはできないので、こうやって人に来てもらって、いろいろ試している途中ですが」

現役漁師と船に乗って一緒に漁をする経験をした人たちが、それをもとに何を思い、今後どんな選択をしていくのか、考えただけでわくわくする。

実際にえっこさんのもとで働く2人の乗組員のうち1人は、もともとは会社員だったようだ。

「いまうちで働いている乗組員が2人います。そのうちの1人はもともと飲み友達だったやつで、真面目な話なんかしたことなかったんですね。そんなやつが急に「会社やめた」と言ってきて再就職先のことで相談を受けたんです。じゃあ一回おれの船のってみるかと誘って、乗ってみたらたのしかったみたいで。それから何回か船に乗せて手伝いのようなことをしてもらいました」

「手先が器用なやつなんで、いくつかの会社から誘いがあったみたいなんですけど、漁師もやってみたいと思っていたらしくずっと悩んでたんですね。
だから僕は、『お前、会社で働いたらまた辞める前と同じじゃないの?会社で働いてもいいけど、死ぬときに漁師やっておけばよかった、って後悔だけはするなよ』と言ったんですね。そしたらそいつ、会社の誘いを蹴って漁師になりましたね」

まったくのゼロから漁師になるという決断をすることは相当な勇気が必要だったのではないかと思う。こう言ってはなんだか悪いことのように思われるかもしれないけど、えっこさんのように「けつを引っ叩いてくれるような人」が周りにいないとなかなか出来ない決断だ。

「でも漁師と言っても乗組員は給料制ですからね。そういう意味では会社員と変わりないですよ。社会保険にも入っているしボーナスもあります。月々の漁獲量にノルマがあって、それを超えてからは歩合制になるんですけどね。
もちろん体力的にはきついこともありますけど、お金をもらって海の上で働けるって気持ちよくて最高だと思いますよ」

・・・・・

そのあとも、いろんな話をした。えっこさんが今の漁師に対して思うことだったり、僕が普段山の猟師と関わることが多いので、海の漁師と考え方が似ている点や違っている点などについて話したり、高校野球の話だったり。
そしてお昼ラーメンを食べに行き、えっこさんにお礼を言って僕は家に帰った。
帰る途中にあった喫茶店でえっこさんの話を忘れないうちに記憶を辿ってこれを書いた。

生産者でもない、なる勇気もない田舎に生きている人間として、生産者さんと消費者の方が繋がる一助になるような記事になればと思っている。
えっこさん、お話きかせていただいてありがとうございました。

読んでいただいた方々ありがとうございます。もしよければコメントなど送ってくださると嬉しいです。

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