ぶっちゃけどうなの?日本のハカセ 中編

二部構成にしようかと思いましが、長くなりそうなので、今回は中編にしたいと思います。前編はこちら

④金はない。そして、金がないことは時間と心の余裕を奪う。

さて、私の博士時代の経済的状況について書きます。D1とD2の二年間は、幸い自分でお金を取ってくることができ、経済的には何も問題ありませんでした。「リーディング大学院」という文科省管轄のプログラムが当時ありまして、博士研究とは別の活動をしながら、そのプログラムから学費免除と月20万円の奨励金を頂いていました。あとは、研究室のほうから月7万円くらいRAの給料で頂いていたので、月30万弱収入がありました。①で書いたように金のある研究室に所属しているとこういったサポートも受け取りやすいのです。結果として都内で一人暮らしをしながら月10万円くらいは貯金して、D2の終わりには200万弱貯金がありました。前編で書き忘れましたが、意外と学振以外にも、リーディング大学院みたいなプログラムがあるので、調べてみるといいと思います。ここに書いたようにD2までは相当経済的には恵まれていました。
しかし、リーディングの支援がD2いっぱいで終了し、D3の一年間分の収入源を得るため、私も奨学金に申し込むことになりました。私がこの時に、強く思ったのは、お金がないのは大変ですが、時間と心の余裕を奪われることの方がデメリットだということです。
申請書を書いて、面接をして、合否を待つというプロセスには当然時間がかかります。私が学振に応募する時も、申請書作成には一か月かかりました。明日の飯を食う金が不透明な状況では、研究に集中できるわけもなく、その期間は研究はほとんどできませんでした。応募してからも、結果が出るまでは不安な時期が続きます。もう調べつくしたと思っているのに、「博士 奨学金」で何度も検索していました。そして、結局、DC2と民間の奨学金を1つ申請しましたが、どちらも不合格となってしまいました。準備を始めるのが遅く、応募できるものも残っていませんでした。さらに、不合格だと自分の研究能力を全否定されたような気になるし、トータル3か月くらい時間をかけて、結局何も得られなかったと感じます。そしてまた、明日のお金を心配するのです。奨学金とはそういうものだと言われればそこまでです。ただ、日本の大学では、大学から博士学生に給与が出ないので、大学院に合格するだけでなく、「奨学金の試験もクリアしないと」生活が落ち着かないことが、学生の時間と精神を疲弊させているように思います。
結局、D3の一年間どうしたかというと、いきなりですが、留学しました。というのも、ちょうどD2の終わりごろに若手研究者向けの海外との連携研究を推進するファンドが立ちあがったのです。神の導きだと思いました笑 指導教員の紹介で留学先を決めて、ファンドに申請したのが、D3の4月、面接をして、合格を頂いたのが6月でした。そして、ビザの準備等をして、10月から翌年(2020年)の1月までアメリカの企業でインターンをしました。インターン中の滞在費をその予算から十分頂くことができ、大変ありがたかったです。③の内容とは矛盾するかもしれませんが、日本では学生期間をトータルサポートする奨学金は増えていない一方で、「若手が」「海外で」活動するのを援助する奨学金や研究予算は増えているように感じます。留学できる上に、その期間のお金の心配はなくなるので、生き延びる手としてはアリだと思います。しかも、研究予算って所得税がかからないのでそういう意味でもお得でした(学振は税務上「所得」になるので、月20万のうち、1万円はまちがいなく税金とられます)。とはいえ、留学開始は10月だったので、それまではRAの月7万円くらいの収入と、泣く泣く親に少し援助を頂きました(これは本当に申し訳なかったし、情けなかった)。それでも貯金を減らしながらの生活です。D3の一年は大きな買い物はほとんどしていませんでした。
ということで、そもそも奨学金に落ちる自分の実力不足があったことは多いに認めますが、結局D3の一年は、申請書書いて、応募することばっかりやっていたような気がします。振り返るともったいなかったなと思うばかりです。

⑤金をとってくるプロセスを通じて、自分の研究を見つめなおせる。

さて、奨学金申請の大変さみたいなことを④では書きました。一方で奨学金申請が、専門外の人に自分の研究をアピールする貴重な機会にもなっているとも感じています。社会にとって自分の研究はなぜ行わなければならないのか、他の研究ではダメなのかという自分の研究の意義や独創性、そして自分はどこまで研究を進めるのか、進められるのかという実現可能性を「わかりやすく」説明しなければなりません。これが滅茶苦茶難しい。よく教授からはお母さんに研究を説明できるようになりなさいと言われていましたが、恥ずかしながら奨学金申請によって初めてちゃんと考えました。そして、これが博士論文のIntroductionを書くときにとても役立ちました。また、不合格になったことでより一層、「ああ、自分の研究は中々伝わらないのだな」ということを実感しました。かのP. F. ドラッカーも「専門家は相手に理解してもらって初めて価値がある」と述べています。これを自分のことに落とし込むと、自分の研究が伝わらないことは使ってもらえないことにつながり、使ってもらえないということは、その研究者は何もやっていないことに等しいではないかと考えています。

ということで、経済的に苦しいことは時間と精神的に疲弊することの方がデメリットが多く、それは、大学院入試と奨学金の試験の2つをクリアしないといけないことにあると私は考えています。一方で、お金を取ってくる時に生まれる専門外の人に自分の研究をわかりやすく伝えるプロセスには価値があるとも考えています。
じゃあどうすべきかというと、結局「奨学金の準備を早めに始めて、博士に入る前に3年分の資金を獲得すべし」という至極ありきたり、かつ③と同じ結論に至るのですが、ここでは、なぜ早めに準備することが重要なのかを、私の実体験からより分かって頂ければと思っています。ただ、日本では構想発表や中間発表など学内で審査があるので、そこと奨学金審査をある程度一緒にやって、少しでも奨学金の審査にかかるコストを軽減できないのかなーと思っています。大学と奨学金が似たようなことやっていても、完全に別プロセスになっちゃってるので。

それでは、後編ではどうすれば経済的支援が増えるのかの⑥と、自分の就活のことを踏まえながら博士のキャリアについて語れればと思っています。続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?