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引退します

3月4日、試合をした。
結果を言うと判定負け。

プロとは言えないような内容だった。
たった3ラウンドなのにフラフラ。自慢のパンチ力も死んでいた。体力もない。今回は練習では調子良かったはずなのにな。

負けるのは仕方ない。相手が強ければ負けることもあるだろう。元々そんなに強くないし。
ただ自身のあまりに体たらくなパフォーマンスに、もうこれ以上試合しても体を傷つけるだけだと実感した。
試合前は死んでも構わないと覚悟しようと思ってるけど、終わってみれば生きててよかった。

どこか体の調子が悪いのだろうか。それとも若い頃のようにコンディションを作れなくなってるのだろうか。前回同様、試合が終わると酸欠で目も開けられない状態になった。

控え室で寝込むほど

膝蹴りを何発も貰いボディを効かされた。ダメージの影響もあるだろう。けど試合が終わっても数十分酸欠で倒れてるようなことは若い頃は一度もなかった。

ハッキリと、僕はこの試合で潮時を自覚した。

***

試合が決まったのはいつだったか。ちょうど1か月ほど前か。そろそろ試合がしたいと思い、契約しているK-1グループにジムの会長から試合の希望を伝えて貰ったら結構すぐに決まった。
調子は良い。体もキレてきた。豊富な知識と経験を基に細かい減量計画を立てて体重を落としていった。この時点で69kg、試合の契約体重まで残り6kg。3kgは直前に水抜きと呼ばれる体の水分を利用して落とすつもりだから1週間前に66kgになっていればいいと考えた。

試合2週間前には67kg。順調だ。

2週間前。鏡汚いけど

かなり絞れてきた。1週間前には66kg台になった。ジャストまではいかなかったけど。
試合5日前からたくさん水を飲んだ。体から水分を排出しやすい、つまりおしっこの出やすい状態にするためだ。4日前も同様。3日前もたくさん水を飲みつつ、加えて食物繊維の制限をした。糖質も控えめにする。腸内の食物繊維の嵩を減らす目的とグリコーゲンという形で蓄えられる糖質を減らすためだ。その日は大量の水分摂取もあり68kg台まで上がったが、翌日の計量前日には66kgジャストまでストンと落ちていた。人体の神秘だなぁ。

その日は食事と水分を制限しつつゴロゴロして過ごし、計量当日の朝を迎えた。
体重は64.5kg。あと1.5kgだ。朝イチで病院に行き、運営に提出する血液検査の結果用紙を貰う。まだ結果がわからないと言われ、結局計量日になってしまっていたのだ。
おせーよ。いや、僕が検査したのも遅かったけどさ。だらしなさが自分の首を絞めた。
しかもまだわからない項目があると言われ、わかり次第FAXで送ってくれとお願いした。その足で銭湯に行き、残りの体重を落とす。
1発目、600落ちて63.9kg。2発目、3発目の風呂で63.15まで落ちた。ここで終わりにしておけばよかった。どうせ計量会場に向かう途中でそれくらい落ちるし、あとでわかったことだが銭湯の体重計の方が会場より若干重く表示された。
もう一回入ろう。そう思いスーパー銭湯にある露天風呂で汗を出し、もう十分だと思い風呂から出たら立ちくらみに襲われた。
ドアを持ちながら立ちくらみが収まるのをじっと耐えていた、つもりだった。
気がついた時には僕は全裸で空を見上げていた。やばい、失神しちゃった。
慌てて近くにあった椅子に座る。それから店員さんが水と冷えたタオルを持って来てくれた。申し訳ないです。
ただ僕が気がついてから店員さんが来たのだから、倒れていたのは時間にすると1分程度ではあったと思う。
「いや!水はいいですいいです!すみません」
と水を口にすることは拒否して落ち着いたら風呂を出た。
いや飲めや、って思っただろうな。ご迷惑をおかけしました。
体重を測ると62.80kg。アンダーしてる分、200mlのOS-1をすぐに飲んで計量会場に向かった。

1.5kg落とすだけで倒れてしまうのは既に水が抜けていたからか、年齢によるものなのか、それともやり方が悪いのか。どちらにせよ、こんな体に悪い真似はもうすべきじゃないなと思う。
ずっとなにかに取り憑かれていた。けど、もういい。

***

会場に着き、すぐに計量が始まった。
名前を呼ばれ体重計に乗ると62.70kg。思ったより軽い。まあいいか。
相手もパスして、並んで写真を撮った。

心なしか顔色が悪い気がする。

相手いい身体してんな、と思った。負け越してる選手だけど、気合い入れて練習してきたんだろう。楽な相手ではないと感じた。
すぐさま残りのOS-1を飲み、少し経ったらもう1本、2本と飲み干した。

水分補給をしたら固形物を食べる。バナナ。
オーガニックだし子どもたちの給食費になるみたい。自己満だけど気分良いよね、こういうの。魔法瓶に入れておいたお粥と味噌汁も摂る。

家に帰るとフルーツを食べる。

紫系の抗酸化力が強いフルーツ

それから仕込んでいたカレーを食べる。こだわりのヴィーガンカレー。体に良さそうな食材だけで作ったやつだ。

それからお餅。ピーナッツバターと蜂蜜をかける。あとブラッククミンとフラックスシードも。

甘酒も飲んだ

たらふく食べて飲んで、胃が落ち着いたら眠りについた。

***

試合当日。出発時間から逆算して支度をしながら食事をした。当日はほどほどに。
体重は68kg。5キロ戻しくらいがちょうどいいと思っていたので完璧だ。時間になると家を出て会場に向かった。
調子が良いのか悪いのかはわからない。ただもう、自分を信じ抜いて闘うしかないのだ。
今日はやるぞ。こんなところでいつまでも負けてられるか。闘志を燃やしながら電車に揺られた。

会場に着くとドクターチェックとリングチェックを済ませる。しばらくして会長も来た。
バンデージを巻いてもらいウォーミングアップを行う。
ミットを打つと、「キレてるよ今日」と声をかけてもらう。けど僕は内心あんまり動きが乗ってこない感じが正直あった。
それは不安と緊張によるネガティブな反応なのか、実際のところはわからない。

控え室に戻って一休みする

そして第一試合が始まった。
僕は2試合目。いつ前の試合が終わるかわからないので入場口の裏に待機する。

この瞬間が緊張のピーク

さあ、もうやるしかない。
「殺す、殺す、殺す……」
自分に言い聞かせるように呟いた。
そして第一試合が終わった。

「続きまして第二試合、青コーナー遠藤健太郎選手の入場です」
※みたいなアナウンスだったと思う。
入場曲のサイレントマジョリティーが流れ、カーテンを開けてリングと客席が待つ試合会場へ歩き出した。
応援の声は聞こえない。これは恥ずかしながら、それにプロとしても失格だと思うんだけど、実はチケット1枚も売ってない。
誘うのはもっと強くなってからでいいと思っていた。せめてファイトマネーがボクシング時代と同額になったら、会場が後楽園ホール以上になったら、なにより僕自身の強さがボクシングの頃よりも上だと感じたらにしようと思っていた。

リングに上がり相手を待つ。
相手もリングに上がってきて、中央でルールを聞いてグローブを合わせる。
さあ、試合開始だ。

第1ラウンド。
僕は落ち着いてはいた。前回の試合まで全く出来なかったローのカットとローキックも出した。しかしなんか思うように体が乗ってこない。それも実力なのだろう。想像以上にガードが固い相手に攻めあぐねた。
何度かロープに詰められ、そこでパンチで応戦してる最中にバッティングで相手の眉が切れた。開始1分のことだ。
それからも僕は周りながら飛び込む機会を窺うがなかなか攻め手が見つからず、プレッシャーをかけてくる相手に応戦する形で闘った。

「このラウンドドローだぞ!もっと手数増やしていかないと!」
インターバル中にセコンドからアドバイスを受ける。深呼吸しながら心で頷いた。
そして2ラウンド開始のアナウンスが聞こえてきた。
……インターバル短っ!
と内心思った。それほど既に疲れていたんだろう。体力が異常にない。

第2ラウンド。
そこからはもう書くのも気が引けるような体たらく。詰められて、応戦しつつも手数で負けて、膝蹴りの対処ができずボディを守りながら体を丸める姿はとても印象が悪かったことだろう。体が動かない。

「このラウンド取られたぞ!次取り返さないと負けるからな。出し切れ!」

第3ラウンド。
わかっちゃいるけど手が出ない。足も止まってきて、相手セコンドから「最初だけ気をつけろ!」との声が聞こえる。
バテてるのがバレバレ。その的確な言葉通りに少し経つと動きが止まってきて、コーナーに詰められて膝蹴りと左ボディの連打を受ける。
防戦一方になってきた。数発まともに貰い、思わず声を漏らす。ボディが効いてるのもバレバレ。
酷い動きだった。時折り力を振り絞りパンチを返すも、そのまま試合終了。


相手はガードが固く手数も豊富でいい選手だった。フィジカルも強い。それに対して自分はあまりにも弱かった。
判定になり3者ともに30-28の3-0で相手の手が上がった。会長の予想通り、1ラウンド目だけはイーブンだったってことか。

リングを降りて控え室に戻る足取りがフラフラする。手すりを持たないと階段から落っこちてしまいそうだ。
控え室に着くと冒頭の写真の状態になり数十分は横になっていた。
途中、対戦相手の川越選手が挨拶にきた。僕は朦朧とした状態で目を開けて応じた。情けない姿を見せちゃったな。
川越選手、対戦してくれてありがとうございました。

***

今大会でも余裕で最年長。今年35歳になる。一回り歳下の若い選手ばかりの新人興行でやられて酸欠になって寝込んでるようなおじさんは体を壊す前に辞めたほうがいいだろう。
しかもチケット1枚も売らないし。スポンサーも多分僕だけいないし。そんな奴は誰からもお呼びじゃないよね。

自己満と惰性で続けてきた格闘技ライフももう終わりにしよう。
キックボクシング転向は蛇足だったかな。ただ、間違いなく夢を抱いて続けたとは言える。本気でチャンピオンになれると思ってやっていた。
舐めていたのかもしれない。格闘技のキングはボクシングだと思っているし、日本一のジムで世界最強の選手と同じ空間で練習していたからって、自分まで何者かになれたかのような自負を持っていたのかもしれない。
「俺は本物を知っているんだ」そんなくだらないプライドが、キックボクシングを甘く見ていた。自分のパンチなら成功すると思っていた。
いや〜、甘くないよね。他競技は難しい。そもそも不器用で運動音痴だし。

思えば長い格闘技人生だった。好きなことをここまで出来たんだから幸せだと思うことにしよう。
ベルトのためじゃない、自己顕示欲でもない、お金でもない、応援されたいわけでもない。
プロ失格やん!て話なのだけど、何も手に入れてない弱い自分がそれでも続けてきたのはもっと純粋ななにかが動機だからだと逆説的に証明してるかな。

格闘技の中毒性は強いから、宣言しとかないとまた始めちゃいそうだから、キッパリ辞めると書いておこう。
このまま続けてたらいつか死ぬからね。あとせっかくの高IQが台無しになっちまうからね(笑)

てことで、プロ4戦目の結果報告と引退表明でした。(引退とか言うほど大それた選手じゃないけど)
ありがとうございました!

PS.明日YouTubeで試合動画上がるみたいだけど、クソすぎて見て欲しくないなぁ(汗)

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