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銀行員3年目を辞めて6年経ちました〜銀行員1年目編〜(前半)

銀行員一年目編(前編)
〜社会人アメフトとの出会い〜

前回までプロローグを3回お送りしました。
銀行員となるまでの幼少期から
大学時代までを遡りました。

夢中になるとなにも
手がつかなくなるくらい集中力があり、
それを叶えるためなら地道な道を選ぶ幼少期

その甲斐あって
プロや甲子園を本気で目指し
順風満帆で天狗になるも
挫折を経験し鼻を折られる。

それまで他人の意見など
気にもしたことがなかったものの

それ以降は他人の意見や
評価を聞くことがトラウマ級に
苦手になる高校生

性格は外交的から内向的に。

大学で社会のヒエラルキーに
気付いてしまい自分の過去を後悔する。

だからといって
その事実と向き合うことをせず
半ば現実逃避をしていた。

大学生までの人生はそんな流れでした。

これより銀行員1年目編をお送りします。
ここでは社会の階層との葛藤や
人生を変えるきっかけなどについて
触れていきます。

人はなにかきっかけさえあれば
人生を変えられる。

そんな勇気になればいいなと思います。

それでは、どうぞ。




「うちはお金持ちじゃないから。」


という言葉をよく親から聞かされていましたが、

そうゆうものだから。
という認識が僕の頭の中にも
こびりついていた気がします。


そのため、
実際に世の中の階層を
目の当たりにすることになり
ショックを受けながらも、
納得しているような自分もいました。


「俺には無理。俺には俺の住む階層がある。」



その延長線上に地方銀行への就職。

まさに階層通り。
初任給は20万円。
後に3年目では手取り15万。

古びた支店と古い社風。

僕がイメージしていた社会人
ではありませんでした。


その階層らしい生き方や考え方を
教わった気がする1年目でした。


入社後90日間は行員日誌
というものを書かされます。
「120%努力する。」というフレーズを
書き込んだことがありました。

支店長から言われたことは
「120%努力しても100%にしかならないから
120%なんか目指さなくていいから
ミスだけはするな。」

でした。

今の僕には違和感しかありませんが


その当時は

「これが俺の生きる社会人の道なのか。」


と少しずつ自分の
可能性の枠が狭まっていました。



ただ、
そんな中でも考え方を変える
きっかけとなる出来事もありました。

それが社会人アメフトとの出会いです。


社会人になる前、
ただ漠然とサラリーマンになるのは嫌でした。


大学4年間でアメフトが
大好きになったこともあり、

社会人リーグでアメフトを
続けようと決めました。


社会のヒエラルキーに気付きながら、
明確にではありませんが、
その現状をどうにかしたいという
気持ちはこの時からあったのかもしれません。

アメフトだけはレベルの高いところで
やろうと思い立ちました。



とはいえ
どこかからお声が掛かるような
有名な選手では当然なかったため、

そこから社会人アメフトチームの
トライアウトを片っ端から受け始めます。


先シーズンの上位順で
関東圏にあるチームで
トライアウトを開催している
チームは以下の通りでした。


【オービックシーガルズ】
先シーズン日本一(三連覇中)

【ノジマ相模原ライズ】
Xリーグ1部(上位)

【IBMビッグブルー】
Xリーグ1部(優勝候補)

【東京ガスクリエイターズ】
Xリーグ1部(下位)


日程的に受けたのは

東京ガス

ノジマ

オービック

IBM

の順でした。


東京ガスでトライアウトを受けます。
特に注目を得た感じはないですが、
また練習に来てという感じになります。
何度か練習に行った記憶があります。


ノジマは何人もトライアウトを受ける中、
結果を待つのみという形。
あまり目立てなかったな〜という印象でした。


オービックでは他の選手は超有名選手ばかり。
オービックという会社に就職予定の選手で
トライアウトとはいうものの
ほぼ出来レースのようなトライアウトでした。

ただ、
ここでだけヘッドコーチとの
面談も設けられていました。
選手の能力以外に
姿勢や態度も見てくれていました。




IBMのトライアウトを残すところで
1通のメールが届きます。




それはオービックからの合格通知でした。

当時の主将から直々のメールです。
今までの内定通知よりも
数百倍嬉しかったのを覚えています。
(探したらそのメールがあったので
モザイクかけて添付しておきます。笑)



その報告とお断りの連絡を他チームにすると
手のひらを返したように交渉されました。


「強すぎると試合に出れないよ。」

とか

「ウチに来てくれないかとか。」

色々言われましたが
全てお断りさせていただきました。



これが徐々に社会のヒエラルキーの呪縛に
自分の脳内が支配されはじめている中、


その呪縛から解かれるきっかけとなりました。


添付写真にある通り、


ここから秋の本戦でのメンバー入りをかけて
チームに帯同することになります。



まだチームに入れることが確定
したわけではありません。



ここから地方銀行員をする傍ら、
無名大学無名アメフト選手が
日本一のアメフトチームへの入団をかけて
社会人生活が始まります。



後編へつづく。


次回は社会人アメフトでの挑戦と挫折。
気付きと決断について後編でお話していきます。

お楽しみに。



いかがでしたでしょうか。
この記事を書いていて感じたことは
自分は色んな経験をして
新しい考え方に触れ、きっかけを手にしては
方向性が変わっていく。

でもいつも決める時は自分で決めている。

色んな縁や出会い、機会に
感謝しなくてはならないなと

自分の人生は明らかに自分の力だけで
ここまで来たわけじゃないんだなと

つくづく実感しました。

これからの日々もきっと同じ。
自分だけの力でできることなんてない。

だからこそ、もっと周囲の人や出会いや機会に
感謝して生きなくてはならないなと思いました。

こうしてここまで読んでくれている人は
どれくらいいるのでしょうか。

こんな文章を最後まで読んでいただき感謝です。



▼BRIAN KENTA プロフィール

1990年生まれ32歳 既婚
東京都東大和市出身
現住所は東京都湾岸エリア

《経歴》
東海大学菅生中学校 野球
東海大学菅生高校 野球
東洋大学 アメリカンフットボール
東日本銀行 オービックシーガルズ
外資系金融機関 現在

《趣味》
ゴルフ、ドライブ(GLC coupé 220d)、
映画鑑賞、動画編集、歴史、サウナ

《人生のモットー》
"絶対負けない。やり続ける。"
"人生ネタ作り"
"良いことと悪いことは同時に起こる"



BRIAN KENTAのInstagram

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