令和の『TOKYO STYLE』

『ひとり空間の都市論』を読んだ。

僕がこの本で最も印象に残ったのは、実は本の中で紹介されている『TOKYO STYLE』の視点だ。

『TOKYO STYLE』は、都築響一が90年代初頭における木賃アパートやワンルームマンションを撮影した写真集だ。

この本には居住者は登場しない。
なぜなら、過剰にモノが溢れた、モノを「所有」する欲望が強かった、当時のリアルな生活様式(スタイル)を切り出しているからだ。
居住者不在の、生活臭が漂う部屋を「覗き見」する快楽がそこにはあった。

現代は、スマートフォンの普及とSNSの台頭によって常時接続社会となっている。
『TOKYO STYLE』が提示した「覗き見」の快楽は、現代ではインスタグラムに回収されたようにも見える。しかし、あれは雑誌カルチャーの代替え品であって、かつて都築が光をあてたサイレント・マジョリティは、既に承認欲求のゲームから降りはじめているのかもしれない。


ところで、僕の趣味はランニングだ。
走り始めたのは、働き始めてからなのだけど、100キロ以上の距離を走る、ウルトラマラソンやトレイルランニングを楽しんでいる。
この競技の面白いところは、競技時間が長いこともあって、平均スピードが陸上競技より圧倒的に遅い。局面によっては歩きも入ってくるので、「歩く」スピードも要求される。
必要とされるのは、「歩く」「走る」に拘らず、燃費の良い平均速度を保つことだ。

平均速度を底上げするために、フルマラソンで3時間を切るためのトレーニングも取り入れた。トレーニングを始めたときにGPSウォッチを購入した。GPSは毎秒計測してくれることで、正確な走行スピードを教えてくれる。自動車でいうスピードメーターだ。
フルマラソンで3時間を切るためには、時速14キロのスピードを42キロ維持する必要がある。

GPSを起動させ、時速14キロまで走行スピードをあげてみる。10キロくらいならペースを保つことが出来た。しばらくトレーニングを続けていくと、余裕が出てきたせいか、少ないチカラでもこのペースが維持出来るようになってきた。

しかし、そこで僕の気持ちは途絶えてしまった。

よくよく考えれば気づく、当たり前の事実に気づいてしまった。
マラソンの目標タイムは、GPSウォッチの示す通りに練習を積めば、いずれ達成出来るということに気づいてしまった。そうなると、問題は「練習に注ぎ込む時間と資金を捻出できるのか?」ということだ。
「その環境を用意し続けることができるのか、という〈持久走〉を走ってるんじゃないか?」と思ってしまった。


《新たなモバイル・メディアが台頭することによって、都市の「ひとり空間」は身体経験などを含む諸要素が再編成される。》
「ひとり空間の都市論」の著者、南後由和はいう。

スマートフォンの普及とSNSの台頭によって、個人最適化されたタイムラインが、都市における「遭遇可能性」を縮小させた。
同じように、GPSウォッチの普及とアプリケーションの台頭によって、マラソンのトレーニング過程は個人最適化され、レクリエーションとしての「遭遇可能性」や「趣向性」を縮少させた。

では、GPSウォッチはランニングそのものの、「遭遇可能性」や「趣向性」を縮小させたのか?
答えはNOだ。

なぜなら、GPSウォッチと連動するアプリケーションが、多くのデータをランナーに提供することで、新たなランニングの魅力を教えてくれるからだ。
例えば僕の場合、フルマラソンへの興味は減少したが、以前取り組んでいたトレイルランニングへの興味が復活した。山から山へ、「登り、下る」トレイルランニングにおいては、ペースを一定に保つのが難しいからこそ、GPSウォッチが安全を担保する道具として機能する。ペースを保つことは、手段に過ぎず、目的はそれ以外にある。それは都市でのランニング体験でも同じだ。

GPSウォッチを使えば、アプリケーション上にログが「自動的に記録されアップされる。」僕が考える現代的なランナーの「遊び」は、マラソントレーニングであれダイエットのジョギングであれ、近所の特定のコースを「記録し続ける」ことにある。
「記録しつづける」ことでアプリケーションのタイムラインにデータが溜まっていく。それを一ヵ月に一回でも、まとめて見返してみる。すると、一度のランニングでは得られないデータの変動を見ることが出来る。ランナーの視点ではみえない数字がみえてくる。このタイムラインには対人関係が無い。あるのは「対モノ」「対場所」のタイムラインだ。このタイムラインこそ、現代のランナーの「ひとり空間」だ。

僕らはタイムラインから逃れられない。だからこそ、人のいないタイムラインを用意する。承認欲求が必要ない、誰にも価値を認めて貰う必要がないタイムラインを用意する。それは「覗き見」に耐え得る、令和の『TOKYO STYLE』だ。

PLANETSCLUB

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