見出し画像

『超個人的時間旅行』

 ”文学フリマ大阪11”に行った。
 文フリは、以前に行った時もそうだったけど、入った瞬間は「めっちゃ楽しそう」と感じるが、すぐ人混みに疲れて「もう帰ろう」となってしまう。
 文フリの楽しみ方はいまだにわからない。
 短歌のブースで興味のあるブースもあったのに、至近距離で立ち読みするあの感じがどうにも慣れなくて素通りした。

 ということで唯一入手した本、藤岡みなみさんの『超個人的時間旅行』を読んだ。
 タイムトラベルについての”ノンフィクション”のエッセイ集。
 これは本当に読めてよかった本でした。参加されている方々がすごい。
 藤岡みなみさんはもちろんですが、デイリーポータルZにハマってたり、短歌や俳句、演劇が好きだったりする人ならビビッとくる方ばかり。

 買う前にブースで読んだ、最初のスズキナオさんの一遍『タイムトラベルな散歩』から面白くて(ああ”ノンフィクション”のタイムトラベルってそういうことか)と一気に惹きつけられる。 
 ある瞬間、不意に過去や未来が自分の心身に流れ込む。誰しもが経験する”失われた時を求めて”である。
 
 未来を信頼しない、息を深く吸って吐いた数秒後に何が起こるかわからないことがおそろしい、という堀静香さんの『同じ景色が』はめちゃくちゃ共感してしまう。共感というより、普段見て見ぬふりをしていることに気づかされるような少し怖い文章でもある。引用されるご自身の短歌二首も好きだった。
 宮田珠己さんの『不穏なタイムトラベル』の天体望遠鏡の妄想は、少しの怖さどころかぞっとする想像だった。

 この続いた二篇を読んで気づいたのは、自分が怪談を書くとき、その怖さは”時間”や”記憶”が主軸になることが多く、時間旅行は楽しさだけはなくある種の怖さをはらんでいる(最初のスズキナオさんの一篇からしてそうだった)。
 自分という存在をこの時空間に定位できないかもしれないという不安や浮遊感が面白くもある。
 藤岡みなみさんの『地上の太陽』は過去へのタイムトラベルが多いこの本の中で、遥かな未来と過去とを行き来して現実に戻ってくる。先述の浮遊感から地に足のつくところまで描かれる。書き出しからめっちゃ面白い。

 『地上の太陽』を読んで思い出した。
 以前テレビの歴史番組で、水害の頻発していた天竜川の治水のために私財を投げうって植林事業に費やした金原明善という人物を知ったとき、
 (なんでこの人は自分が生きている間に成果を知ることができない植林なんてやろうと思えたのか)
 そんなことを感じた。
 金原明善みたいな人間が未来タイムトラベラーなんでしょうね。

 あと最近朝ドラに出てたらしい(観てないから知らないけど)南方熊楠も一本の木、小さな苔を前にしてそれらを通して古代から未来まで時間旅行をした上で、現実に地に足をつけて生きた人なのだろうなと思う。

 宮崎智之さんの『前借りする未来』は現在の自分に一番グッときた作品だった。 
 おそらくこの風景を未来見ることがあるだろうとデジャヴを”予知”する「デジャヴの前借り」の話。
 最近たまに「この景色は走馬灯に収録されるんかなあ」と思うこともあるので刺さる。
 (この一篇の冒頭で掲げられる「誰だって、今が一番若い」という強固なテーゼ。
 僕はバーズの『昨日よりも若く(Younger Than Yesterday)』というアルバムが大好きで、この詞が好きすぎるのだが、これも「今日より明日の方が若い」とは言っていないことに気づいた。拡大解釈をして”今日”を見失ってはいけない)

 全篇読んで。
 時間旅行を楽しむコツは、過去に行くにしろ未来に行くにしろ、いま/ここの現在をどれだけきちんと生きるかにかかってる。そういう意味でも読めてよかった。

 ブースの藤岡みなみさんを見かけたとき、(本物や)と緊張して一回前を通り過ぎた。
 改めてブースに行くまでの間。
 入門する数年前に、大学の友人たちと台湾に行って、そのホテルで夜中ずっと藤岡みなみ&ザ・モローンズの曲流してたことや、たぶんもう会わないだろうその友人たちのことを思い出して一瞬、時間旅行をした気がする。
 

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?