スーパーベンチ
私は野球を約8年ほどやった。
私はお世辞にも上手いと言える選手ではなかった(むしろ下手すぎた)
8年間の野球生活でもレギュラーとして試合に出れたのは自分たちの代になった高校2年生からの1年間
その年以外は試合に出れず、ベンチで応援するしかできなかった。
ただそんな私でも少しは自慢しても良いかなと思えることが一つだけある。
それは8年間の野球生活でベンチ入りできなかったのは中学1年生と大学2年生の
たった2年間だけということ
上手い人からすれば、ベンチ外になったことがない人やずっとレギュラーで試合に出ていた人もいるだろう
でも私は下手くそだったのだ。
生粋の
野球のことなんて全く知らない
でもベンチには入れてもらえた
(一応説明しておくと大体、学生野球は春、夏、秋と大会があり、その大会で入れるベンチ入りメンバーは20人※例外あり)
なんでか
それは自分がチームの誰よりも声を出して応援していたから
だと私は思っている。
中学の時はスコアラーをやりながら全力で声を出し、試合には出れないと分かっている上級生の試合にもただがむしゃらに声を出した。
中学の時はそうすることで当時の監督から褒められていた。
怒られるのが怖かったからそうしていたようにも思う。
でも気づいたらそれが当たり前になっていた。
中学、高校、大学
そうすることが私の野球で
生きる道になってた。
野球が下手な私に出来ることはそれくらいしかなかった。
それくらいしかなかったことを全力でやった。
後輩たちから見れば、あんな下手な人なんでベンチ入れるんだよって思われていたかもしれない。
だからこそ、私は全力で声を出すことを抜いてはいけなかった。
それがベンチに入れた理由だから。
後輩たちにも失礼になってしまう。
出ている選手の力に、なんて綺麗事でしかないし、自分が出たい気持ちもあった。
表向きだけでもいい、力になる。
それが気づけば表だけじゃなくなった。
よくプロ野球とかで色んなポジション守れるユーティリティプレーヤーのことをスーパーサブなんて言ったりする。
ただ私は試合には出れない。
でもベンチには必要とされる人間になれた。
だから私はスーパーベンチ
決して華やかではないけれど、自分が生きていける道を見つけることができた。
誰かに必要としてもらえた。
その事実があるからこそ、多少は良いと思える
野球人生だった。
それはこれからも
野球だけでなく、自分が生きる道を見つける
どんなことであれ
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