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都市を記述すること~都市の三次元モデルとそれを基盤としたスマートシティ(後編)

はじめに

半年ぶりに緊急事態宣言が解除され、都市に人が戻ってきました。一方で、オンライン体験の充実化によって変わった都市と私たちの距離感はこのまま固定化しそうにも思えます。リアルな都市との距離が開いていくのと反比例するように、サイバー上の都市空間が充実化しています。
前回の記事(都市を記述すること~都市の三次元モデルとそれを基盤としたスマートシティ 前編)では、スマートシティにおいて、都市OSに個人情報を含めた様々なデータアセットが提供されていくことの重要性についてご紹介しました。
今回は、都市OSの一部として既に稼働を開始しており、都市のサイバー化を活性化させている国土交通省のプロジェクト、Project PLATEAU(プロジェクト・プラトー)についてご紹介します。

(1)Project PLATEAUとは~これまでの3Dモデルとの違い

Project PLATEAUは、国土交通省が中心となって進める3D都市モデル整備・活用・オープンデータ化のリーディングプロジェクトです。
これまで存在してきたGoogle Earthなどの3D都市モデルは、都市を構成する建物や橋などを3D CADなどを用いてモデリングし、構造物の幾何形状をサイバー上で表現したものでした。これは一見すると仮想空間上に都市が正確に再現されているように思えますが実は構造物の区別がなく、ビルと土地の起伏を3次元的には区別することができていません。いわば「空箱」を組み合わせて都市を再現しているわけです(これをGeometry Modelと言います)。
一方でPLATEAUが出力する3D都市モデルは、Geometry Modelを視覚的には踏襲しつつ、出力されている3D空間上の構造物に「建物」や「壁」、「屋根」といった空間属性、あるいは「用途」、「構造」、「築年」、「災害リスク」などの活動的な属性を付与しています。つまり、PLATEAUではリアルな都市のデジタルツインがサイバー上に忠実に再現されており、都市における様々なシミュレーションや実験が可能となっているのです。

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PLATEAUと従来の3D都市モデルの違い
国交省HPより引用(https://www.mlit.go.jp/plateau/learning/),
Original from City of Helsinki. (https://www.hel.fi/helsinki/en/administration/information/general/3d/3d)

(2)PLATEAUの3D都市モデル

上記のようなPLATEAUの特徴について、具体的な事例でご説明しましょう。

PLATEAUの3D都市モデルは詳細度によって LOD(Level of Detail)1からLOD4まで分類されています。

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PLATEAUの詳細度分類
国交省HPより引用(https://www.mlit.go.jp/plateau/learning/

「LOD1」~平面図に高さ情報を加えた「箱型」モデル~

LOD 1は建物図形に高さを与えて構築する「箱型」モデルです。Geometry Modelも高さ情報を持ちますが、平面と標高から算出する差分データであり建物単位の高さ情報ではありません。平面と建物の区別や高さ算出は手動で行う必要があり、誤差も生まれやすいのです(例えば、Google Earthを用いて東京タワーの高さを算出しようとすると、5m程の誤差が生じてしまいます)。
一方、PLATEAUでは建物ごとに高さ情報が与えられており、標高の差分で高さを算出する必要がありません。従って誤差も生じにくくなります。
具体的なユースケースで考えると、東京タワーに5mの誤差がある状態では正確な浸水ハザードマップは作成できません。しかし、LOD 1の3D都市モデルに洪水浸水想定区域図+浸水深情報を加えて重ね合わせると、直感的に理解可能な形で災害リスクを視覚化したハザードマップが作成できるのです。

「LOD4」~建物内部の情報を備えた最も詳細なモデル

最も詳細なLOD 4はフロア、梁、壁面、階段、開口部等の建物屋内の地物を追加する屋内モデルであり、BIMやCAD等の建築物データを重ね合わせることで作成できます。LOD 4までの詳細度を持つと色々なシミュレーションが可能になります。
例えば、屋内外の空間情報を統合したシームレスな避難シミュレーションです。実際、PLATEAUではプロジェクトの実証調査の中で、虎ノ門地区の3D都市モデルと虎ノ門ヒルズのBIMモデルを組み合わせ、オンライン上で実施できる防災訓練のVRコンテンツを制作しています。

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国交省「3D都市モデルの導入ガイダンス」より引用。(https://www.mlit.go.jp/plateau/libraries/

(3)PLATEAUのユースケース

「バーチャル新宿」~ビジネスへの展開~

PLATEAUで整備された3D都市モデルはこれまで全国56都市にまで拡張され、それら全てがオープンデータとして公表されており、整備したデータを用いたユースケース開発の実証実験も展開されています。
例えば、三越伊勢丹HDなどが開発した「バーチャル新宿」では新宿三丁目エリアがサイバー上に構築され、仮想空間におけるEC購買や街歩きが体験できます。メタバース※などのアバター体験と掛け合わせることで、新たなビジネスの展開が見込まれます。
※メタバース:オンライン上で接続した仮想空間内において、様々な領域のサービスやコンテンツが生産者から消費者へ提供されること。

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バーチャル新宿のイメージ
国交省HPより(https://www.mlit.go.jp/plateau/new-service/4-001/

「関西万博」~安心安全な工事現場へ~

一方、PLATEAUを活用して建設現場の生産性向上に取り組んでいるのが竹中工務店です。構造物のオブジェクトや「都市の属性情報」をパラメータに取り込み、工事車両のルートシミュレータを開発しています。これは、オブジェクト認識により物理的な通行可否を判断した上で、属性情報を用いて騒音レベルや周辺住民の生活圏・通学路等を考慮した工事車両の最適通行ルートをシミュレートするものです。実証フィールドとして設定されたのは2025年大阪・関西万博の開催地・大阪市西部エリアで、万博開催に向けて複数の大規模再開発が急ピッチで進められています。都市部再開発における建設物流の最適化は、資材調達から工事施工までを円滑化する生産性の向上だけでなく、工事車両が引き起こす交通問題解決、ひいては住民にとって安全安心な工事現場創出にも繋がります。

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騒音シミュレータで利用された3D都市モデル
国交省HPより(https://www.mlit.go.jp/plateau/new-service/4-001/

「石川県金沢市」~景観を意識した都市計画~

公共活用ユースケースの開発も進んでいます。石川県金沢市では、用途地域や景観形成区域といった都市計画情報をベースマップに、3D都市モデル上に建物を高さごとに色分けて表示し、都市計画と建物の高さの関係を可視化しています。例えば同じ商業地域においても、エリアによっては土地の高度利用に差があるなど、エリアごとの地域特性が把握でき、定量的な土地利用データに基づいた高度な都市計画検討に繋がります。

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建物データ×景観形成区域の重ね合わせによる建物高さと景観形成区域との関係性
建物高さを建物の着色により、景観形成区域を地面の着色により表現。「歴史文化象徴区域」の建物高さが低く抑えられていることが確認できます。
国交省HPより(https://www.mlit.go.jp/plateau/new-service/4-001/

終わりに

PLATEAUは属性情報を持っているという点で、従来の3D都市モデルとは一線を画しますが所詮は地図であり、単体で存在しているだけでは価値を発揮しません。PLATEAUは、「バーチャル新宿」のように民間等が持つデータと掛け合わせてユースケース活用されて初めて真の価値を発揮します。今後、PLATEAUに地下街データや建物のBIMデータなど民間によって都市が書き加えられていくことで、サイバー上の都市はデジタルツインに近づいていきます。実際の都市計画でも都市の枠組みを作るのは行政でしたが、まちづくりには様々なステークホルダーが参加します。同様に、都市の枠組みに街を再現していくこと、更に仮想空間上の都市で様々なユースケースを実践していくことは、官民の様々なステークホルダーの参加、そしてデータ提供があって活性化していくのです。

■著者プロフィール
鎌倉一郎
元国交省職員。現在はコンサルティング会社勤務。