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都市を記述すること~都市の三次元モデルとそれを基盤としたスマートシティ(前編)

はじめに

筆者は地図をみながら町を散策するのが楽しみの一つなのですが、地図を見ていて一番得にくいのは、高さの情報です。古地図、また現代の地図にも通常はZ軸情報、つまり3次元情報が与えられていないので、大地の痕跡がどれほどの高さ・深さだったかを知りたい場合には、主に文献調査に頼ることになります。
近世以前において、測量という科学的手法によって記録された空間がアウトプットされるのは専ら二次平面でした。3次元情報を持つ絵図や設計図でも、建築物や構造物の高さ情報を持っていたくらいで、空間全体、もっと言えば都市を包含して記述する地図は存在していなかったのではないでしょうか。

近年、数々立ち上がるスマートシティの計画では、3次元都市モデルや都市のデジタルツインといった、新しい形で都市を記述する方法が現れてきています。そこには、これまでの二平面地図やGIS※でも包含し得なかった膨大な量のデータが書き込まれた都市が仮想的に記述され、現実世界(フィジカル)と繋がっていくこととされています。
今回は、新たな都市の記述方法である都市の三次元モデルとそれを基盤としたスマートシティの取り組みについて、2回に分けてご紹介したいと思います。

※GIS:地理情報システム(GIS:Geographic Information System)は、地理的位置を手がかりに、位置に関する情報を持ったデータ(空間データ)を総合的に管理・加工し、視覚的に表示し、高度な分析や迅速な判断を可能にする技術のこと。(国土地理院HPより)

(1)コロナ禍のスマートシティ計画

コロナ禍で世界中の経済活動が止まり、あらゆる街づくりの計画が見直されることになったのは必然でした。オフィスと自宅、さらには生活空間に対するコペルニクス的転回がおこり、自社ビルを都心に持つ必要性を見直した企業も現れました。そのような中で、Google親会社のAlphabetが進めていたトロントでの大型スマートシティ計画「Sidewalk Toronto」を計画撤回したことは、世界中のスマートシティ政策やデータドリブンの街づくりに衝撃を与えました。

トロント

トロント市におけるSidewalk Toronto計画のイメージ図(https://www.sidewalklabs.com/toronto

エコ素材の活用や自動運転車の導入など、ハード目線での最先端な整備が計画されていただけでなく、消費、交通、医療等生活者のあらゆる都市データが集約された都市であることがSidewalk Torontoの大きな売りでした。都市のあらゆるデータが集積されることで、住民は最適化した都市生活・市民生活が共有可能になる一方で、裏を返せばそれは企業(Google・Alphabet)によるデータ管理社会の萌芽とも見て取ることができました。
現在ではSidewalk Toronto計画座礁の原因として、コロナ禍での資金調達の不安よりも、個人データの取り扱いに関する議論や合意が不十分であったことが指摘される傾向にあるようです。高度化していくデータ社会のなかで、個々人にとどまらず国家や企業にとっても、「データは誰のものか?」という問いは非常にセンシティブであり続けます。世界を見渡しても議論が十分になされたと言える状況ではないでしょう。情報の秘匿性は担保されたとしても、そもそも個人情報を国家やプラットフォーマーが利活用して良いのか、という問いには未だ明確な答えが出ていません。

(2)走り続けるトヨタのウーブンシティ

Googleが計画を中止した一方で、世界最大級のスマートシティ計画としてより注目を集めているのが、トヨタ自動車の未来都市Woven Cityです。
「静岡県裾野市の自社工場跡地に、人や建物、クルマなどのモノ、あらゆるサービスがネットで繋がる未来都市を整備する」-そう豊田章男社長が発表したのは2020年1月のことでした。
AI、ロボット、自動運転、再エネ等々、様々なベンダー・ステークホルダーと連携し、モビリティだけでないあらゆる先端領域技術が実証・実用される予定のウーブンシティですが、やはり都市の基盤となってくるのはデータでした。

Woven City 発表の様子(トヨタイムズより)

こうして日米の例を概観すると、スマートシティの機能とは、社会あるいは個人から集積される様々なデータをデータ基盤に吸い上げ、都市構築の最適化に活用すること、と言い表すことができます。下に示したのは内閣府の公募研究のアウトプット成果として作成された「スマートシティリファレンスアーキテクチャ」です。

アーキテクチャ

「令和2年度の政府スマートシティ 関連事業について」
https://www.mlit.go.jp/common/001334470.pdf

注目いただきたいのが、右側の(都市OS)の部分で先ほど説明したデータ基盤に該当します。都市OSに個人情報を含めた様々なデータアセットが提供されていくことで都市OSが充実し、他のデータ連携などを通じて左側の都市マネジメントとの連携を通じて、スマートシティサービスの最適化・高度化が可能になるのです。
実はこの都市OSの一部として既に稼働しているサービスがあります。国土交通省が2020年12月に開始したProject PLATEAU(プロジェクト・プラトー)です。プラトーは既に国所有のデータ、都道府県・市区町村提供のデータアセットを組み込み、都市のデジタルツインとして都市シミュレーションにもチャレンジしています。
次回はProject PLATEAUについてご紹介し、都市の3次元モデルの可能性についてご紹介したいと思います。

■著者プロフィール
鎌倉一郎
元国交省職員。現在はコンサルティング会社勤務。