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弁護士・水野先生インタビュー(後編)~建設DXに関わるデータのオープン化の推進に向けて

はじめに

今回のインタビューでは、テック、エンターテインメント、建築、都市・地域活性化分野の法務からルールメイキングまで幅広くご活躍され、建築家や内装デザイナー等のクリエイター支援から公民連携、BIM・3D都市データの利活用といった建築業界の最新トレンドにも精通する水野祐弁護士をお招きしています。著作権法の中でも特殊な「建築の著作権」に関する考え、検討の動きが進んでいるオープンデータに関するルールメイキングの実情などについてお届けするインタビュー。前編では、3D都市データ・BIMデータの権利関係や、データの有効活用とクリエイターの権利保護のバランス等についてお話をおうかがいしました。

後編ではオープンデータ化を推進するためのヒントや、それらにまつわる国内外の最新動向などについてお伺いしました。
前編はこちら)

■プロフィール
水野 祐
弁護士(シティライツ法律事務所)。Creative Commons Japan理事。Arts and Law理事。九州大学グローバルイノベーションセンター(GIC)客員教授。慶應義塾大学SFC非常勤講師。note株式会社などの社外役員。テック、クリエイティブ、都市・地域活性化分野のスタートアップから大企業まで、新規事業、経営戦略等に対するハンズオンのリーガルサービスを提供している。著作に『法のデザイン −創造性とイノベーションは法によって加速する』、共著に『オープンデザイン参加と共創から生まれる「つくりかたの未来」』など。
Twitter : @TasukuMizuno

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オープンデータ化をめぐる国内の動き

――3D都市モデルのオープンデータ化に向け、国や自治体にはどのような動きがあるのでしょうか。

水野弁護士:官民データ活用推進基本法や最近成立したデジタル社会形成基本法には、オープンデータの推進が掲げられています。また、最近では、国土交通省が、3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化に向けたリーディングプロジェクト「PLATEAU(プラトー)」を推進しており、幅広い分野から注目を集めています。都市データにはいろいろな種類がありますが、PLATEAUは、CityGMLというデータフォーマットで構成された3D都市モデルです。現状では、都市活動のモニタリングや防災、都市・地域活性化分野をはじめ、AR(拡張現実/Augmented Reality)を体験するゲームなどにも活用されているようです。オープンデータ化は、シンガポールのオープンデータ戦略を例に、国土交通省や国土地理院もオープンデータ化を推進していますね。

最終的に、オープンデータは、ビジネスチャンスの創出や都市・地域活性化、災害対策など、市民生活の質の向上に向けて使えるようになるのが望ましいですし、それがスマートシティ本来のあり方だと思います。実際に、2021年7月3日静岡県熱海市で起きた大規模土石流の検証では、静岡県が公開していた地形データをもとに、土砂災害の専門家が現場を3Dで分析し、被害拡大の原因となった「盛り土」を早期に発見した事例が生まれました。日本では、東日本大震災をはじめ、災害によってオープンデータ化の必要性が意識されるという傾向があります。

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※静岡県が公開している熱海市の点群データ、他にもドローンによるレーザー測定データなど、防災に役立つ情報がオープンデータ化されている
(画像出典:静岡県公式ホームページ『熱海市伊豆山地区土砂災害関連情報』)

機微情報以外のさまざまなデータが、使われやすいいくつかの形式で公開されているのが理想ですが、誰が音頭を取り、どこの予算でやっていくか、インセンティブをどのように設計していくかが、議論されています。「国や自治体がやるべき」という声は多いですが、最近では鉄道会社やデベロッパーが、都市・地域活性化の一環としてデータ管理に取り組むべきだという動きを始めているところもあります。

今後は、人流データといった「人」に絡むデータの収集も増えてくるでしょう。建築情報学会のような学会も立ち上がり、都市データの取り扱いやプライバシーについて、問題意識が高まり始めているのを感じています。
私は、「クリエイティブコモンズ(※)」に長年携わっているため、都市データが誰かに独占されるのではなく、コモンズとして市民に開かれたものになっていくスキームを誰がどう作っていくのかについては、非常に関心を持っています。

※クリエイティブコモンズ:著作権を保持したまま作品の利用と流通を図ろうとするスキームや活動

――日本国内では、BIMの普及やオープンデータ化が実際にはまだあまり進んでいないように見受けられます。

水野弁護士:3D都市モデルのオープン化によって、市民、地域、企業、そして政府にそれぞれどんなメリットがあるのか分かりにくいので、それぞれに何らかのインセンティブがないと普及は進まないかもしれません。例えば、先ほど述べた東日本大震災や熱海土石流といった災害に対する対応はわかりやすいメリットの例ですよね。都市データのオープン化によって、都市計画やバスの路線・運行の設計に活かし、市民に利便性を提供する例も出てきています。さらに、先日開催された建築情報学会のシンポジウムの場で、国土交通省の方に「BIM化及び一定情報の公開を条件に、一定程度容積率を緩和する」ようなアイデアは考えられないか?と提案したりしてみました。都市部で最も恩恵を受けられる容積率の規制緩和を動機にすれば、BIMの普及も進むのではないかという考えです。ただ、容積率の緩和のみがインセンティブになっている現状は必ずしも健全ではないので、他のインセンティブ設計も考えないといけません。

現在、高度経済成長期に建てられたビルの維持管理コストを払えず、十分なメンテナンスや建て替えができないオーナーが増えていると聞きます。設計図や設備に関する図面等も残っていないビルや建築物も多いなかで、図面はもちろん、BIMや保守管理、法規制に関するデータが一定のフォーマットで残っている建築物は、維持管理が簡易になることで不動産鑑定評価が高くなる。そうなると、転売が容易になったり、ローンや保険を優遇したりといったことが考えられるようになってくる。こうしたインセンティブを戦略的に作っていくと、データの蓄積につながるかもしれません。

海外のスマートシティ・オープンデータ化の最新動向

――海外でのオープンデータ化の現状について教えていただけますか。

水野弁護士:グーグルの親会社・アルファベット傘下のサイドウォーク・ラボが、カナダのトロントにスマートシティを作り上げるプロジェクトから撤退(※)したのは、記憶に新しいところです。交通や環境、生活など、町中のあらゆるデータを取得して、都市生活を最適化する構想でしたが、監視社会のイメージがついてまわり、地域の理解を得られなかったことが一因だったとも言われています。その他にも、撤退要因には、新型コロナ感染拡大の影響や、行政との交渉難航など諸説挙げられています。

※過去記事『Delve:Googleの兄弟会社 Sidewalk Labsが挑戦するAI設計』、
GLOBE+『グーグルの姉妹会社はなぜ撤退したか トロントで挫折したスマート・シティ

スマートシティが監視社会の温床になるのは避けなければならないですし、今後も住民合意を丁寧に進めていく動きは進むと思います。データ管理による一括統治で、都市生活を最適化する試みでは、中国・深圳(※)が最先端でしょう。

深圳

※スマートシティの最先端を行く深圳:キャッシュレス取引、顔認証の活用、自動運転による交通インフラなどが当たり前となった深圳は、中国政府の後押しもあり世界的にも注目されるスマートシティに変貌を遂げた
(画像出典:weibo @深圳统计

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※DSRC(専用狭域通信)、AI等の活用により、違反運転者への警告、リアルタイムかつ詳細な渋滞情報の発信などを実現している
(画像出典:weibo @深圳前海智慧城市研究院
(Info Cubic『「中国が誇るスマートシティ、深セン」~世界屈指のDX都市に迫る~』

スペイン・バルセロナは、ICTの導入によって、生活環境をリアルタイムに捉えるだけではなく、行政が収集したさまざまな都市データをポータルサイト「City OS」(※)で、市民に公開しています。さらに、市民自らがそのデータを利用し、新たな政策等へと結び付けていく参加型合意形成プラットフォーム「Decidim(デシディム)」も運用しています。オープンデータによって行政を透明化するモデルとして注目されていますね。

バルセロナ

※バルセロナ市議会のパイロットプロジェクトの一つ、コロナ禍における密集回避のため、ビーチの人流をリアルタイムで把握し、オープンデータとして市民に公開した
(画像出典:Info Barcelona『Boosting the development of AI in municipal services』)
(Forbes JAPAN『「シティOS」で市民に還元。バルセロナが本当にスマートな理由』)

BIM推進やオープンデータ化を進めるには

――オープンデータ化に関する海外の最新事例についてもおうかがいしましたが、日本においてBIM推進やオープンデータ化を進めるためにはどのような点が重要とお考えでしょうか。

公金で作られた情報やデータはオープンデータ化されて市民に還元されるべき、という考えは欧米ではデフォルト化していると思いますが、日本ではまだ十分ではないように感じています。

先ほどお話しした深圳やバルセロナの例でいうと、前者と後者では民主的に進められたものかどうかという点で大きく違いがあると考えています。民主的にオープンデータ化を進めるのであれば、選挙などによって形成された民意の上に成り立っていることが前提にあり、さらにそこから住民に対し個別の同意を得るプロセスが存在します。住民側にある程度リテラシーが求められると同時に、行政側も住民を信頼しないと実現できないと思いますが、上手く機能しているようです。日本でもこのような形を実現するには、まだまだ乗り越えるべき課題も大きいかと思います。また、オープンデータ化も含め、経済活動のなかで何らかのインセンティブを確保することも、難しいことだとは思いますが、非常に重要です。

都市におけるインセンティブ設計が容積率緩和に集中しすぎており、これに代わるインセンティブ設計を発明しないといけないと思いますが、新しいビジネスの創出という観点から、新技術や新事業の実証のためのある種の特区として一定の地域や建物に限定して規制緩和をする等は一案かと思います。また、人の賑わいを生み出すという観点からは、公開空地や緑化に限らず、都市農園化、パブリックアートやアーティストインレジデンス等を積極的に導入するなど、インセンティブの対象となるメニューをもっと多様にできたら面白いのではないでしょうか。

おわりに

スマートシティ、BIM、オープンデータなどの新しい技術は未来に向けた多くの可能性がありワクワクしますが、普及・促進にあたっては、インセンティブを確保する仕組みづくり等、多くの課題があることも感じました。既存ルールの見直しも含め、これまでの常識に囚われない新しいアプローチによる課題解決が今求められていると感じます。
法律の専門家であり、ルールメイキングにも関わられている水野弁護士のように、行政・現場それぞれの目線を持ち、法制度や仕組みづくりに精通したインテグレーターのような存在がこれからもっと増え、日本の建設業界の凝り固まった縦構造を溶かしていくことが出来れば、よりスピード感をもって課題解決が進むのではないでしょうか。

■インタビュアープロフィール
岡本 杏莉
日本/NY州法弁護士。
西村あさひ法律事務所に入所し国内・クロスボーダーのM&A/Corporate 案件を担当。Stanford Law School(LL.M)に留学後、株式会社メルカリに入社。日米法務に加えて、大型資金調達・上場案件を担当。
2021年2月に株式会社アンドパッド 執行役員 法務部長兼アライアンス部長に就任。