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弁護士・水野祐先生インタビュー(前編)~3D都市データ・BIMにまつわる法的留意点

はじめに

今回は、テック、エンターテインメント分野から建築業界まで幅広くご活躍され、建築家や内装デザイナー等のクリエイター支援から公民連携、BIMや3D都市データの利活用といった最新トレンドにも精通する水野祐弁護士をお招きしています。これまでの建築業界との関わり、著作権法の中でも特殊な「建築の著作権」に関する考え、検討の動きが進んでいるオープンデータに関するルールメイキングの実情などについて、前後編の全2回でお届けします。

■プロフィール
水野 祐
弁護士(シティライツ法律事務所)。Creative Commons Japan理事。Arts and Law理事。九州大学グローバルイノベーションセンター(GIC)客員教授。慶應義塾大学SFC非常勤講師。note株式会社などの社外役員。テック、クリエイティブ、都市・地域活性化分野のスタートアップから大企業まで、新規事業、経営戦略等に対するハンズオンのリーガルサービスを提供している。著作に『法のデザイン −創造性とイノベーションは法によって加速する』、共著に『オープンデザイン参加と共創から生まれる「つくりかたの未来」』など。
Twitter : @TasukuMizuno

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建築や内装に関わるクリエイターをサポート

――まずは、建築業界において、水野先生が関わってこられた案件を教えていただけますか。

水野弁護士:最初は、以前勤めていた法律事務所が不動産管理や仲介の事業をやっているクライアントを抱えていたので、そのような企業のジェネラルコーポレート業務として、不動産会社の売買・賃貸借契約や賃料不払い、立ち退き対応といった一般的な案件を扱っていました。私はクリエイターの表現をサポートする活動を続けており、その縁で徐々に建築家や内装デザイナーからの特殊な依頼が増えていきました。ちょうどリノベーションがムーブメントとして盛り上がり始めた頃で、中古住宅や空き家のリノベーション・既存建物の用途変更、中古・リノベ不動産の仲介・販売サービス等、既存ストックの活用に関わる案件にも多く携わってきました。

――建築物の著作権に関わる訴訟にも携わっていらっしゃいますね。

水野弁護士:著作権訴訟として、表参道にあるテナントの訴訟(※ステラ・マッカートニー事件)を担当しました。敗訴したのですが、そもそも問題提起的な訴訟でしたし、2020年に意匠法が改正され、「建築物」や「内装」が意匠登録できるようになった背景にも、この訴訟が影響を与えていると言ってくださる方もいるようです。

(※ステラ・マッカートニー事件/竹中工務店は、ステラ・マッカートニー青山の移転オープンにあたり、外観デザインの監修を設計事務所に依頼。設計事務所は、外観デザイン案・模型を提出し、共同設計を提案したが、竹中工務店は共同設計を断った。その後、設計事務所の提案したデザインが採用されて建物は完工。しかし、建物の著作者は竹中工務店のみとされた。原告である設計事務所は、建物の共同著作者として著作者人格権(氏名表示権)を有することの確認等を求めた。判決では、1審に引き続き2審でも建物全体の著作物性は肯定されたものの、外装スクリーン部分についてはアイデアの提供に過ぎず創作的な表現であるとは認められないとして著作物性が否定され原告敗訴。)
(日本弁理士会『知っておきたい最新著作権判決例』P13~P16)
(画像出典:FASHION PRESS ©YANOJIN)

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――最近は、どのような案件に携わっていらっしゃるのでしょうか。

水野弁護士:最近では、エリアマネジメントや都市・地域活性化の一貫として、公園や道路といった公共空間の利活用を進める活動や公民連携(※)のスキームづくりに携わる機会が増えています。また、スマートシティに欠かせない要素として挙げられている、3D都市データの利活用にも関わっています。都市で発生するさまざまなデータの収集・公開に際して、留意が必要な権利等や公開時の利用規約の作成方法などを、政府や自治体、コンサルティング会社にアドバイスしたり、顧問先と一緒に大手デベロッパーに提案したりしています。

官民連携

※公民連携の一例:公共空間である道路空間の再半分により「人が中心」の空間へと生まれ変わった丸の内仲通りの様子
(出典:国土交通省『官民連携まちづくりポータルサイト』)

【3D都市データに関わる権利等は、今後整理が進んでいく】

――3D都市データの利活用は、建設DXにも大いに関わる部分です。データ収集・作成において、どんな権利に留意すべきか教えていただけますか。

水野弁護士:まず、建築物の設計図やBIM・CADデータは、元データがある場合には、その元データにも著作権が発生します。また、3D都市モデルを作成する上で欠かせないのが、LiDARユニットのような3Dレーザー計測機器で収集を行う点群データです。人が計測機器を持ち、土地や建物に入って計測する場合、土地・建物等の所有者や施設管理者の許諾・許可が必要になります。ただし、テロ防止・防犯の観点からのマスキングは必要です。撮影時に映り込んだ人や、家の中での撮影には、プライバシー権への配慮も求められますね。ドローンでの空撮については、ドローン飛行に必要な許可と土地所有者からの許諾を得て、プライバシーに配慮していれば問題ないでしょう。ただ、空撮データは、大手地図会社からライセンスを受けてデータを取得するのが一般的だと思います。地理院に集積されている国や自治体が集めた地図データについて測量法の縛りがありますが、公金で作られているデータなので、可能な限りオープンデータとすべきでしょう。

こうしたデータを体系的に構築したデータベースにも、著作権が発生します。その一方で、データベースのオープン化といった議論においてハードルになる可能性もあります。もっとも、昨今、こういうオープンデータを機械学習等を利用して解析するプロジェクトが増えていますが、著作権法には機械学習を柔軟に行うための例外規定(※)が設けられたこともあって、情報解析に用いる分には大きな影響はないと考えられます。

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※著作権法改正(2019年1月施行)により権利制限規定が整備され、以下のような利用目的に対し、権利者の許諾なく実施できるようになった。
[1]著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用
例:AI開発のための学習用データとして著作物をデータベースに記録する行為
[2]電子計算機における著作物の利用に付随する利用等
例:ネットワークを通じた情報通信の処理の高速化を行うためにキャッシュを作成する行為
[3]電子計算機による情報処理及びその結果の提供に付随する軽微利用等
例:特定のキーワードを含む書籍を検索し,その書誌情報や所在に関する情報と併せて,書籍中の当該キーワードを含む文章の一部分を提供する行為
(出典:文化庁『著作権法の一部を改正する法律 概要説明資料』)

――建築物にも著作物性が認められるようになりましたが、データ収集時に建物が移りこむのは問題ないのでしょうか。

水野弁護士:建築物の著作物性が肯定されるケースはまれですし、仮に著作物に当たるとしても、著作権法46条の例外規定によって撮影も公開は可能だと考えられます。これは、立体商標権を取得している建築物も同様です。著名な建築物であっても、日本では物のパブリシティ権は認められていません。
意匠権を取得している建物の内装を撮影し、データ化して販売する場合でも、意匠権の範囲がデータには及ばないので許諾不要と考えられます。ただ、ここは解釈が分かれており、間接侵害が例外的に成立する可能性はあります。この点は、建築物の意匠権が認められて日が浅いので、まだ考え方について整理が進んでいないのが現状です。

【BIMデータの著作権は、誰のものになるのか】

――BIMは本来、設計から施工、維持管理まで3Dデータで一元管理し、情報を利活用するためのツールです。BIMデータにも著作権が発生するという話がありましたが、著作権は設計者、建物所有者のいずれに帰属するのでしょうか。

水野弁護士:文献を調査した結果、海外では、BIMデータの著作権が施主側か設計者側にあるかで議論が割れています。日本では、JIA(公益社団法人 日本建築家協会)が2012年に発表したBIMガイドライン(※)の中で、「BIMデータも設計図としての著作物であり、著作権は設計者にある」と明示しています。

(※JIA『BIMガイドライン』

ただ、建築物は、関与者が膨大になるので、設計者の権利主張が強すぎると、データの利活用が阻害される恐れがあります。最近の著作物全般に言えることですが、創作者が一人で最後まで制作する創作物はまれで、いろいろな人が複合的に関わって出来上がっていくコンテンツがほとんどです。建築においても、設計者の権利主張によってデータが使いづらくならないよう、バランスを考えなければならないと思います。特にBIMは、データの利活用を前提としているコラボレーションツールですから、長期的な建築ライフサイクルの中で、多くの人が広く活用していくオープンデータになっていくのが好ましいでしょう。

一方で、私はクリエイターとしての設計者に関する権利保護も同じくらい大事だと考えます。オーナーや物件によるかもしれませんが、現状では、ほとんどの建築家やデザイナーが著作権を譲渡しており、譲渡後は、何のロイヤリティも得ていません。新しいものを生み出す人たちの努力に、フリーライドする行為が見過ごされるのは悲しいことです。また、建築物や内装に意匠権が認められるようになったことで、大手企業が次々と権利化を始めている点も気になります。この流れが急速に進むと、都市データのオープン化にも影響がありますし、建築家や設計者、大工といった方々のクリエイティビティの阻害要因になりかねないと懸念しています。

BIMは、建築家や構造設計士、工務店の大工まで、全員が関わって作り上げていくデータ形式です。だからこそ、BIMデータの収集・作成に対する寄与分に応じて、ロイヤリティが分配されていくのが好ましいと考えています。ただ、その寄与分をどうやって測るかは、非常に難易度の高い問題です。個人的には、権利の所在・帰属にこだわらず、BIMのコラボレーションツールとしての可能性が最大限発揮されるように権利を一元化したり、あるいは寄与した当事者にデフォルトで利用権を付与したりすることが大切だと思っています。そのうえで、権利者とは別に設計者を共同著作者としてクレジットに表示したり、報酬・ロイヤリティがきちんと還元されたりと、公平性が担保されていれば、著作権を誰に帰属させるべきかの問題は大きな問題にならないようにできるのでは、と個人的には感じています。現状では、そのためにBIMデータの取扱い・利用権について契約でしっかり定めておくことが重要です。

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※BIMモデルの立体イメージ
(画像出典:BIMナビ『BIMとは』)

――現状、建築家や設計士、工務店の方々の権利を守る対策としてはどんなものがありますか?

水野弁護士:やはり契約の段階で、権利帰属や利用範囲を明確に定めておくことが重要です。個人でものづくりをしている建築家やアトリエ系の設計事務所を保護し、権利へのリテラシーを高めていくためには、契約モデルの標準化や雛形の公開などが考えられます。ただ、雛形が公開されているからと言って、クリエイターの保護ができるかと言えば、そうとも言えません。このままだと、BIMデータは共同著作物になり、扱いづらいデータという認識になってしまうので、「共同著作物でありながら、デベロッパー・工務店等による単独利用も可能」などと、契約をきちんと整理する必要があると思います。

安易に著作権譲渡を認めず、著作権の行使を限定して報酬請求権化し、継続的に報酬がもらえる仕組みを作るのもひとつの手です。これからBIMの普及を考える上で、著作権法に特別規定を設けたり、制限規定を入れるといった立法的なアプローチもあり得るかもしれません。

おわりに

前編を通して、3D都市データ・BIMデータの権利関係に関する諸論点や、データの有効活用とクリエイターの権利保護のバランス等について、非常に興味深いお話をおうかがいすることができました。また、日本の建築業界をより良くするために、法制度の面からも様々なアプローチがあることを学ぶことができ、議論を巻き起こす事の社会的な意義を感じると同時に、建設DX研究所が目指す業界の課題解決に必要な行動のヒントを得ることができました。後編では、オープンデータ化を推進するためのヒントや、それらにまつわる国内外の最新動向等に関するお話をお届けします。

■インタビュアープロフィール
岡本 杏莉
日本/NY州法弁護士。
西村あさひ法律事務所に入所し国内・クロスボーダーのM&A/Corporate 案件を担当。Stanford Law School(LL.M)に留学後、株式会社メルカリに入社。日米法務に加えて、大型資金調達・上場案件を担当。
2021年2月に株式会社アンドパッド 執行役員 法務部長兼アライアンス部長に就任。