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Delve:Googleの兄弟会社 Sidewalk Labsが挑戦するAI設計

建物の設計を自動化する。建築を志す者ならば一度は思い描いた世界を目指している会社が、Googleの兄弟会社(親会社であるAlphabet社の子会社)であるSidewalk Labsです。
本記事では、同社が開発するDelveというシステムについて考察した後、将来的にAI設計がもたらす業界へのインパクトを考えていきたいと思います。

Sidewalk Labsとは

「革新的な都市開発に関わるサービス」を提供することをビジョンに据えている同社は、2017年にトロントを舞台とした大規模都市開発を始めることを宣言し、一気に注目を集めるようになりました。Googleの資本力で開発した技術を生かし大規模なスマートシティ化を目指すプロジェクトは、世界でも類似例がなく、人の行動と街での体験がシームレスに繋がる夢の都市を目指していました。

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出典: Sidewalk Labs (https://www.sidewalklabs.com/toronto)

しかし、集めたデータのプライバシー問題に関して住民による激しい反対運動が逆風となり、予定されていた初期開発の規模が当初190エーカーから12エーカーまで大幅に削られていきました。その後に襲ってきたコロナ拡大の影響を受け、Sidewalk Labsは2020年の5月にトロントのプロジェクトから撤退すると表明します。
しかし、同社はトロントの計画と並行し、都市開発に関するツールを複数開発していました。そのうちの1つがDelveというツールだったのです。

Delveとは

2020年10月にSidewalk Labsが発表した、建物の配置・プログラムを自動生成する機械学習プログラムのことです。まず、ユーザーはプロセスの初めに以下の3つのインプットを入力します。
1. プロジェクト情報:例)商業と住居など各用途に割り当てられる面積
2. 敷地に関わる制約条件:例)高さ制限など
3. プロジェクトの優先順位:例)予算や日照条件、公園への距離など
これらを入力すると、制約条件の範囲内で数万〜数百万通りの建物の配置検討が行われ、候補となる都市の姿がアウトプットとして得られます。定義した優先順位に応じて最もユーザーにとって有力な候補が提示されることで、本来数ヶ月〜数年かかる検討プロセスを短期間に終わらせることができるのです。
さらに、建物の形状だけでなく、初期投資としてかかる費用や都市としてのランニングコストの大きさを算出するなど、開発の収支判断についても効率化が可能です。

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複数のインプットから計算された建物配置 出典: Sidewalk Labs (https://www.sidewalklabs.com/products/delve/quintain-case-study)

英国のディベロッパーであるQuintain(クインテイン)は、ロンドン近くにあるWembley Parkという地域の開発でDelveを実際に活用しました。40,000パターン以上の候補を検討し、最大数の住戸を確保しつつ、都市に最良の環境を提供する案に絞り込んでいくことで、最終的には24パターンの最有力案へとたどり着いたのです。この案のいずれも、当初Quintainが想定していた原案より建物の床面積、日照/採光条件、近隣への影響、どれをとっても優れた案でした。計画期間としては非常に短い2ヶ月という期間で、人力で辿り着くことはほぼ不可能と言える到達点であったと言えるでしょう。

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Wembley Parkプロジェクトにおける最有力案の1つ 出典: Sidewalk Labs (https://www.sidewalklabs.com/products/delve/quintain-case-study)

AI設計が与える業界へのインパクト

現状、Delveは都市計画の初期段階に特化したシステムとなっています。しかし、単体の建築について、建物条件、敷地条件を入力することで、自動的に検討結果が出てくるツールが開発される日はそう遠くはないでしょう。AIによる設計がより洗練されることで、設計者の役割がより狭められてしまうのではないかという懸念もあります。しかし、筆者は設計者が担う役割が減るのではなく、変化するのではないかと考えます。
Delveの例でもわかる通り、質の高い検討結果を出すためには質の高いインプットが必要となります。何がプロジェクトにとって優先すべきことなのか、それを抽出するためには人間の感性と経験に基づいた判断が必要となります。生成された結果についても、複数案を絞り込んでいく過程には、設計者の判断力が必要となります。つまり、「何がその建築にとって重要なのかを見極める力」がより求められるようになるのです。
これは前回の記事「建築業界のDXを牽引する人材とは」で紹介した、「建物の使われ方を想像し」「データの使われ方を想像する」ことができる人材と共通点があります。AI設計という観点からも見ても、プロジェクトにとって重要なデータを抽出する能力は必須のスキルになってくると予想できます。

筆者プロフィール
大江太人

東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテック総合計画事務所(設計事務所)・プランテックファシリティーズ(施工会社)取締役、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architects株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。建築士としての専門的知見とビジネスの視点を融合させ、クライアントである経営者の目線に立った建築設計・PM・CM・コンサルティングサービスを提供している。過去の主要プロジェクトとして、「Apple Marunouchi」「Apple Kawasaki」「フジマック南麻布本社ビル」「資生堂銀座ビル」「プレミスト志村三丁目」「ザ・マスターズガーデン横濱上大岡」他、生産施設や別荘建築など多数。