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建築業界のDXを牽引する人材とは

これまでご紹介した2本の記事、「建築の価値を高めるプラットフォーム的視点」「オーナー視点がBIMの生み出す価値を変える」において、建築を作る過程で蓄積されたデータベースが建物の価値を向上させる可能性についてご紹介しました。

しかし、データベースを作る上で、建築に関するデータは無数に存在します。小規模な建物を建てるために、全てのデータを蓄積していては時間もコストもかかってしまい、費用対効果が低くなってしまいます。つまり、DX化は闇雲に進めても効果は上がらず、「何をデータ化、デジタル化するのか」という正しい判断基準を持たなくてはいけません。

一方、どれだけデジタルの技術が発展しても、建築は人同士が協業することで作り上げられていきます。そこで、今回は、建築業界の人材に焦点を当て、効果的に建築DXを牽引する上で必要なスキルを考えてみたいと思います。

オーナーの要望の深い理解が全ての起点となる

建築の設計はオーナー(施主)に要望が発生するところから始まります。例えば、オーナーとして、商業施設を運営する会社の経営者を想定しましょう。オーナーからすると、自分たちの施設が効率良く運用・管理され、施設利用者とテナントに気持ち良く使ってもらえるかが重要となってきます。他方、建築の設計者は、建物を作ることに関してはプロですが、運用・管理方法における深い知識は持ち合わせておらず、オーナーの要望が実際の設計には反映されないことが散見されます。結果として、テナントが埋まらない、運営にお金がかかる、すぐに改修工事が必要となるなどの事態が発生してしまうのです。

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建築データの取り扱いもこの問題の延長に位置付けられます。以前の記事でも紹介したように、オーナーの視点から見ると、所有している施設全体の情報(下記の表はその一部の例)を把握することは、運用において非常に重要な意味を持ちます。

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しかし、施設の運用のあり方は多様であるが故に、蓄積するデータの種類と方法を適切に選ばない限り、結局はオーナーにとって扱いにくい大量のデータとなってしまうのです。
つまり、オーナーのビジネスの本質を理解した上で、適切な建設計画とデータの扱いの両方に落とし込むことが必要不可欠となります。そのようなことができる人材には、具体的にはどのようなスキルが必要なのでしょうか。

建築データの付加価値を引き出す人材とは

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第一に、運用過程における建築の知見を持っていることが不可欠です。施設資産、運用コスト、所有区分、家具などのレイアウトや生産施設の機器に関するデータなど、多岐にわたる情報を正しく蓄積・活用するためには、ある一つの分野に特化しているだけでは不十分で、建築とその運用全体に幅広い知識が必要になります。「作る」行為だけでなく、「使う」行為に関する知見が必須となってくるのです。

第二に、蓄積されたデータベースが運用段階においてどのように活用されるのか、具体的にユースケースを描ける想像力が必要となります。そうすることで、オーナー毎の「必要最低限」なデータセットを理解することができ、作り手側としても無理のない生産プロセスを実現することができます。

以上のように、施設の建設から運用にまで至る幅広い理解と、建築データと運用の結びつきを経営的な観点で描くことができる、「作る」から「使う」までプロセス全体の指揮者となる人材が必要なのです。
言葉に書くと難しそうですが、大事なことは作る段階から、「建物の使われ方を想像し」「データの使われ方を想像する」ことです。今の建築学科の設計教育では「どのように綺麗な図面を書くか」「いかに社会に新しいコンセプトを提言できるか」というところに力点が置かれがちですが、具体的に自分たちが付け加えた一本一本の線が、建物の運営上どのような影響を与えるか、オーナーの運営実態とマッチングさせる姿勢を常に持つことがこのような人材を育てると考えます。
また、データの扱いに関しても同様です。建物を作る過程では基本的に作り手側がデータを握っています。要望を聞きながら、オーナーの建物運営にとって重要なデータセットを理解し、有益なデータサービスとして提供することがより顧客満足度を引き出します。そのためにはオーナーの毎日の業務のあり方を詳細に理解する姿勢が重要となるのです。
このように建物とデータの使われ方を具体的に理解し、設計・施工の過程に反映できる人材こそが、建築データの付加価値を引き出し、建築・建設DXの過渡期をリードしていくと考えます。

筆者プロフィール
大江太人

東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテック総合計画事務所(設計事務所)・プランテックファシリティーズ(施工会社)取締役、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architects株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。建築士としての専門的知見とビジネスの視点を融合させ、クライアントである経営者の目線に立った建築設計・PM・CM・コンサルティングサービスを提供している。過去の主要プロジェクトとして、「Apple Marunouchi」「Apple Kawasaki」「フジマック南麻布本社ビル」「資生堂銀座ビル」「プレミスト志村三丁目」「ザ・マスターズガーデン横濱上大岡」他、生産施設や別荘建築など多数。