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密教型の都市・日光-「日本の都市空間」より

「日本の都市空間」という本が彰国社から出ている。1968年初出なので約50年も前のものだが、現在も刷られているロングセラーなのだという。
伊藤ていじ氏を筆頭とする、「都市デザイン研究体」によるもの。
タイトルの通り、日本の都市空間の特徴を読み解いているのだが、序文で丹下健三氏は「都市化は爆発的に進行した。」として、本書は当時日本の都市デザイン関する新しい創造的な挑戦と提案を行っていたいくつかのもののうち、世界で指導的な役割をもった「創造的な活動の一つ」と紹介している。

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空間の読み解きを大まかに紹介すると、空間骨格形成の概念として
方位、重畳(ちょうじょう/幾重にも重なること)、布石、天地人の4つに、
空間特性・性格などの認識上の概念として
真行草(しんぎょうそう/漢字書体や華道・茶道などの三体)、さおび(然帯び/わびさびの語源)、ま(間)、かいわい
を挙げている。
なるほど、日本の空間が「古来持っていた」特徴を設えや庭園から都市レベルまで捉えたものになっている。
わびさび(さおび)や、ま(間)など、今でもある程度一般的と思われる言葉から、真行草や重畳など、忘れられかけているような、はっとさせられるような言葉まで並ぶ。(あくまで筆者主観ではあるが)
往時の姿を思い出しながら、古い写真を見ながら、あるいは想像しながら空間構成を辿ることはできるだろう。

しかし、だ。
ここまで研究されておきながら、一体この時に読み解かれた都市空間や暮らしの中の風景のうちどれだけ今に残っているのだろうか、とも思う。
先の東京オリンピックとそれ以降の高度経済成長の波の大きさを否が応でも感じ取らせてしまうものだろう。
「研究」は“号令”や“世情”、あるいはこの時代だと“経済”に押し流されてしまうものなのだろうか。
裏返すと、本書は「今」読む意味が非常に深いものに感じられる。

閑話休題。
本書後半では、実例を型に分類しており、日光は金比羅山と共に「密教型」に分類されている。
(分類というよりも、とりあげられている、という方が適切かもしれない。)
他には、集落型、一文字型、城郭型、塔頭街型、枝割型、阿弥陀型、弓張型、格子割型がある。

密教型の特性は、「一軸上に様々な空間を展開してゆく空間構成」だとする。山岳寺院と共通するのだとか。
地形に沿った折れ曲りや、その地点での門や灯籠、小さな空間が変化やアイストップをつくっている。
そういう演出が、「人々をついつい上へ上へと吸い上げていく」のだという。
なるほど、この表現で日光でも山内や東照宮のあの構成を即座に思い出せる。

さて、これは、あくまでも「日光の社寺」が存在する山内地区について分析したものだ。
門前町に目を向けたい。
日光の門前町の骨格は、(概ね)江戸の寛永期に出来上がったと言える。

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▲日光門前地区及び山内地区の道路構造。方位別に色分けしている。

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▲東町地区を俯瞰。観音寺より。

東町については、日光街道が全体の背骨となっており、本書の「型」を参考にするならば、一文字型といえる。
しかし、江戸の寛文期の洪水被害による稲荷町の移転によって川原へ向けて枝が広がっている。
よって、一部枝割型が付帯している、ともいえるだろう。

西町については、格子型が当てはまる。中央に本町通りを配しているものの、四軒町の通りが中禅寺への主要な通り道だったこと(今もそうだが)と武家屋敷などの官庁街だったことを考え、それらを格子状に割っているのが明白だ。

密教型の日光山とこれらの門前町を一体的に考えると、実に複雑だ。小さくて複雑、多重・多層なまち。

小さな空間に、密教型の山内地区と、格子割型の西町、そして、一文字型を主とし一部枝割型付帯の東町という、それぞれ小さい宇宙が重なり合って、あるいは連続している。
日光の魅力はこんな部分にもあるのだろうと思った次第だ。


最後に余談を。
実は本書の著者の中に故・大村虔一先生もいらっしゃる。
先生とは、仙台の「都市デザインワークス」に勤務した時に、ほんの一瞬(数年)ではあったがご一緒させていただいた。
ちなみに、本書に関して大村先生は生前「日光東照宮の境内の図面なんかは、僕が書いたんだよ。」と仰っていた。
以来、日光の項目を目にする度に、若かりし先生が、現地を訪れ、空間構成の読み解き作業を行っている姿が眼に浮かぶようなのである。
あとがきで伊藤ていじ氏は

「大部分の若者たちは大学院の学生で有能であり、その特権としてなんらの報酬を期待しないどころか、地腹を切ってでも研究に邁進することを名誉と考えている連中ばかりであった。」

と証言している。
50年も前の話。価値観も美德感覚も現在とはだいぶ違うだろう。しかし、当時の「熱」と「探究心」がこのような成果を生んでることは間違いの無い事実だ。

この投稿は、日光門前まちづくりのnote部が運営するマガジン「門前日誌」にも掲載しておこう。


門前日誌とは?という方はこちらで。↙︎

紹介した「日本の都市空間」についてはこちら。↙︎


NPO法人日光門前まちづくりnote部 | 岡井 健(世話人)

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