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イーロンさんの冒険(3)

敗北のモスクワ、そしてインスピレーション

2002年2月。ロシアでロケットを買おうとしたイーロン御一行様だった。ロシア特有のウォッカ・ショットで始まるミーティングを繰り返したものの、ビジネスの話になると新参者として舐められたり、高すぎる値段をふっかけられて合意にいたらず。結局は成果なしで極寒のモスクワを後にする事に。(実際は合計で3回ロシアを訪問していた)。

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ジム・カントレルやマイク・グリフィンは業界のベテランだけあって、毎回モスクワ空港から機体がテイクオフすると、今回もなんとか生き延びられたとほっとするらしい。結果はともあれ、さっそく機内サービスの酒を頼んで、乾杯をするメンバー達。しかし、イーロンだけはその間なにやら一心不乱にノートパソコンをいじっている。

何時間後に「できた!みんな、見てくれ」と突然にノートパソコンをみんなに見せるイーロン。そこには詳細なエクセル表計算がロケット全ての部品と組み立て工程を網羅したコスト試算を記している。

「ロケットを自分たちで作ったほうが安いんだ!」

一体どこからこんなのを捻り出したんだと驚くみんな。種明かしをすると2つ要因がある。イーロンが自らあらゆるロケット関連の文献を読み漁ったりして知識を吸収してきたのが一つ。彼は学生時代ビジネスに加えて物理学も専攻していたのだ。もう一つはイーロンがLA近辺の宇宙航空業界でのネットワーキング中に出会ったTom Mueller(トム・ミューラー)。後にロケットエンジンの世界トップレベルの設計者と評され、Space XのFalconとDragon用のエンジンの基礎設計を担う男である。彼がロケットの部品に関わるかなり詳細な情報をイーロンさんに教えていたのである。 (ミューラーについてまた後述)

イーロンは気がついたのだ。ロケットの主要な部材であるチタン、カーボン、アルミなどのオープン市場価格などを考慮すると、最終的な値段の原材料比率がなんと2−3%レベルであると!当然原材料だけでロケットができるわけではないが、そんなべらぼうな価格の上乗せで成り立っているモノづくりの世界はどこにもない。なぜこうなるのかは後述するが、これを垂直統合することで、業界構造を変えられる。そう直感したイーロンは決めた。これはビジネスになると。NPOだけでは満足はできない。宇宙でビジネスをするんだ。奇しくも、飛行機が米国に着陸したその日にPayPalはIPOをした。もうすぐ好きにできる多額のキャッシュを手に入れるのだ。この時イーロンは31歳。

そして2002年5月。Space Exploration Technologies Corp - 通称SpaceXが爆誕したのである。

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(その4に続く)

その0
その1
その2

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