この男、狼につき。

噛み付く。噛み付く。噛み付く。
この男はとにかく噛み付く。
男の名は、白洲次郎。
「風の男」、「占領を背負った男」の異名を持つ実業家。
吉田茂の懐刀として活躍し、サンフランシスコ講和会議にも同行した人物である。
この男は誰に対しても噛み付く。
例えば敗戦直後、占領軍のトップであるマッカーサーに対しても噛み付いた。
昭和天皇がマッカーサーに対してプレゼントを送ったときのこと。
白洲はプレゼントを届けにマッカーサーの元に向かった。
しかしマッカーサーは「その辺にでも置いてくれ」とぞんざいに扱った。
これに対して白洲は激怒。
「仮にも陛下からの贈り物をその辺に置いておけとは何事か!」
白洲はプレゼントを持ち帰ろうとしたため、マッカーサーは慌てたという。
当時マッカーサーは「神より偉い」と言われた人物である。
「神より偉い」マッカーサーに従い首相にまでなった人物もいる。
絶対的な存在。
そんな人物に対しても白洲は噛み付いた。
白洲はプリンシプルに反する相手に対して、徹底的に戦う男なのである。

白洲が噛み付いた相手はマッカーサーだけでない。
日本政府や大企業に対しても噛み付く。
当時のある大企業は政府から補助金をもらっていた。
「赤字続きの大企業が政府からの補助金を当てにするのは何事か」
自身が実業家だったからこそ白洲は声を挙げた。
占領時期の日本は貧しかった。
戦争によって国富の4分の1を失ったと言われている。
そのような状況下で、税金が役所の「御接待」や破産企業への「国家補助金」に使われていることに、白洲は憤慨していた。
「私の一番不快に思うのは国民の税金を使ってやっている役所が、これ又国民の税金でやっている役所を、国民の税金を使って『御接待』するとは、何事だということだ」
白洲の指摘は当時だけでなく現代にも当てはまる。
政治家に対しても、
「政治家の『ハラ』ほど愚劣なものはない」
と一刀両断。
「我々国民に関する限り、政治家の『ハラ』なんかに関心も興味もない」
「政治は『ハラ』だ『ハラ』だといっているうちに再建は遅れ、その腹芸による
闇取引は横行し、しまいには腹を切っても申し訳が立たないような事態に行き詰まるのを憂うる丈である」
白洲は吉田茂に協力したものの、政治家になろうとは一ミリも考えなかった。
さらに経営者に対しても、
「経営者の小児病を笑う」
として苦言を呈している。
占領当時の若者はカール・マルクスの思想に陶酔している人が多かった。
経営者の中には、このような思想を毛嫌いし、若者を採用しないこともあった。
白洲は経営者に対して、
「お偉方諸氏も一度はみんな若かったのだ」
「こういう青年を扱うのに雅量と同情を以って頂き度い」
「昔の塾は塾生が塾長よりものを教わること以外に、塾長の私生活に日夜触れてその影響を享けたことが甚大だったに違いない」
むしろ経営者は若者を叩き直すくらいの気概を持て。
若者に自ら範を示せ。
白洲はそう伝えたいのかもしれない。

白洲は様々な人物・団体に対して噛み付いた。
その中で最も噛み付いたのは私たち日本人に対してである。
「他力本願の乞食根性は捨てよ」
「イエス・マンを反省せよ」
「八方美人が多すぎる」
「小役人根性はやめよ」
「力には力で当たれ」
今も昔も変わらない日本人の弱みを抉り出す。
なぜ白洲にはそれができるのか。
白洲独自のプリンシプルがあるからだ。
白洲のプリンシプルは単純である。
白洲は自分の考えをはっきり伝える。
どこかに甘えがある日本人、事なかれ主義の日本人を嫌う。
白洲は群れに入らない。
白洲は周りが右を向いている中、一人だけ左を向く男である。
群れの意見にキッパリとNOを言える男である。
他人の顔色を伺う生き方をしない。
特に政府や役所、大企業の経営者といった社会的な地位の高い身分に媚びない。
そして依存を嫌う。
自分の力を信じ、立ち向かう人である。
白洲がプリンシプルを持てる理由は、本人の環境や性格だけでなくケンブリッジ大学での経験が元になているかもしれない。
白洲の父は白洲以上に傍若無人であったという。
白洲自身も他人から傍若無人と評価されていた。
ケンプリッジ大学に在学中は、古き良き英国貴族たちの振る舞いを見てきた。
身分に関係なくお互いに人間として尊敬を払う習慣。
旧城主の子供であっても小作人の老人に敬意を払い、小作人の老人も子供に敬意を払う。
人としてのあり方をイギリスで経験した白洲にとって、社会的な地位の高い身分の振る舞いが許せないのかもしれない。

白洲が言うプリンシプルとは、「筋を通す」という言葉に近い。
白洲曰く、日本にも明治維新前までは武士階級にプリンシプルに基づいた言動を叩き込まれてきたという。
そして、「筋を通した」からと言って褒められ拍手喝采となるのは馬鹿げている、と白洲は一蹴する。
白洲から見れば、当たり前のことを希少として取り上げているためである。
己の地位や生活の為に筋を曲げる人。
礼儀のない人。
自分の力で生きていくことを止める人。
白洲はこのような人たちに対して噛み付いてきた。
白洲自身は戦争前から多摩の田舎に疎開し、当時の世間から身を離した。
まるで群れから離れて独力で生きる一匹狼。
「カントリージェントルマン」
白洲はそう呼ばれることがある。
確かに白洲は紳士である。
なぜなら独自のプリンシプルに従うからである。
プリンシプルに従い、本当に困っている人の手助けをする。
プリンシプルに従い、立場が異なる相手でも人間として尊重する。
一方、プリンシプルに従い、人として尊敬できない人間には容赦なく噛み付く。
狼の牙を持った紳士だった。

参考
白洲次郎『プリンシプルのない日本』(新潮文庫、2006年)

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