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気候変動政策の必要性

世界平均気温の推移と今後5年間の予測

主要な温室効果ガスである大気中のCO2濃度は、石炭をエネルギー源とした産業革命以降上昇を続け、1万年以上に渡って保たれた水準と比べてほぼ1.5倍の420ppmに達している。この水準までCO2濃度が高まったのは80万年以上ぶりだという。その結果、上のグラフのとおり世界の平均気温は1850年-1900年平均に比べて約1.1℃上昇した。また、今後5年間で観測史上最高の平均気温を記録する可能性は98%とされる。気候変動の影響はIPCCによってまとめられている。


温室効果ガスは外部不経済の代表的な例である。すなわち、温室効果ガスの排出によって引き起こされる様々な被害の費用が排出者によって負担されないために、社会的に最適な水準よりも過大な排出が発生する。1トンの CO2 を追加的に排出した場合に発生する世界全体の被害の費用を、炭素の社会的費用(SCC: Social Cost of Carbon)と呼ぶ。この社会的費用には、世界の農業生産性や労働生産性の低下、熱中症の健康影響等が含まれる。この費用の算出には、気候変動による社会・経済の影響を計算する大規模なコンピュータ・シミュレーションモデルである統合評価モデル(IAM: Integrated Assessment Model)が用いられる。

オバマ政権以降のアメリカ連邦政府、カリフォルニア州政府やヨーロッパ、カナダなど欧米先進国では、炭素の社会的費用を気候変動政策立案の際の基本的な指針として用いてきた。

炭素の社会的費用は時間とともに増加することが知られている。2021 年までバイデン政権下では二酸化炭素1 トン当たり51 ドル(割引率3%)で様々な環境規制の費用便益分析が行われてきたが、トンあたり100ドルを超える水準までの大幅な引き上げが政府委員会によって提言されている。
 
こうした外部不経済による汚染物質の過大排出を回避するための方法としては、一般的には、価格メカニズムを利用して排出行動を変化させる方法と、排出行動を直接規制する方法の2つがある。

炭素税や排出量取引は、適切な税率や排出枠を設定し、炭素の社会的費用と同水準の炭素価格を課すことで、社会的に最小の費用で排出量を適切な水準に抑えることを目指している。これらを一般的にカーボンプライシングと呼ぶ。制度の対象となる排出者は、それぞれが実施可能な排出削減対策の費用を精査し、炭素税や排出枠価格などの炭素価格と比較する。そのうえで、自ら実施可能な排出削減対策がそれらの炭素価格よりも安価な場合には、対策を実施するインセンティブを持つ。一方、排出削減が炭素価格よりも高価な場合には、炭素価格を支払うことで義務履行にあてることができる。これにより、経済全体の社会的費用を低減することができる。

以下はカーボンプライシングを導入している国々の炭素価格の例である。2030年にはトン5000円から1万円を超えることが多い。日本の地球温暖化対策税はトン289円だが、2020年代後半から導入される排出量取引や賦課金においては、大幅な引き上げが見込まれる。

  • EU:2022年約90ユーロ/t-CO2(1万2600円/t-CO2、1ユーロ[EUR]=140円)

  • カナダ:2023年65カナダドル/t-CO2(6500円/t-CO2)、2035年170カナダドル/t-CO2(1万7000円/t-CO2)(1カナダドル[CAD]=100円)

  • シンガポール: 2024年25シンガポールドル/t-CO2(2500円/t-CO2)、2026年45シンガポールドル/t-CO2(4500円/t-CO2)、2030年50−80シンガポールドル/t-CO2(5000-8000円/t-CO2)(1シンガポールドル[SGD]=100円)

一方、行動の直接規制には、特定の技術を指定してその使用や不使用を義務付ける方法や(テクノロジー・スタンダード。例:一定性能を下回る石炭火力発電所の廃炉やCCSの義務付け、白熱電球や内燃機関車の販売中止、一定割合のZEVや再エネ電力の導入の義務付けなど)、どのような技術を用いても良いが一定性能を達成するように義務をかける方法(パフォーマンス・スタンダード。例:排ガス規制、排水規制、燃費規制など)がある。これらの直接規制にクレジットを組み合わせ、経済効率を高める(規制の社会的費用を引き下げる)ことが、アメリカではしばしば行われている。

2050年までのカーボンニュートラルを達成するためには、温室効果ガスの外部不経済を克服する政策によって企業や家庭の投資・消費行動を脱炭素に向けて変化させる必要がある。したがって政策立案を行う国や自治体の責任は大きい。

政策立案の現場では、上記を中心とする政策を選択、あるいは組み合わせる必要がある。その選択において最も重要な判断基準の一つは、CO2削減に要する社会的な費用である。理論的には、カーボンプライシングはその費用を低減することができる。ただし政策立案の現場では、政策を選ぶ際の評価基準として費用以外にも様々な観点を考えければいけない。環境問題は、政治問題であり、社会問題であり、経済問題である。政治的・行政的な実現可能性や適法性は、常に行政官の頭の中にあるものだろう。他にも、雇用や新産業創出の機会、他の行政課題への好影響・悪影響、強力な支援者・反対者の存在、技術のロックインなどもある。これらの様々な基準について政策のアウトカムを評価し、それぞれの基準間でのトレードオフを検討しつつ、政策を決定する。

脱炭素化のための技術、そしてその導入を促す政策それらの組み合わせは無数に存在する。国や地方自治体には、まずカーボンニュートラルに向けた社会的な費用を最小化する経路等を特定し、その上で適切な政策によって企業や家庭の行動を政策的に誘導していくことが求められている。

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