クレジットってなんだろう:環境保全における市場メカニズムの活用

カリフォルニア州を始めとして、アメリカの環境政策にはクレジット・市場メカニズムを活用したものが多い。市場メカニズムの連邦レベルでの活用の始まりは1990年に制定されたアメリカの酸性雨防止のための排出量取引だが、その後も自動車に関する低炭素燃料基準(LCFS)、ゼロ・エミッション乗用車(ZEV)プログラム、企業別平均燃費基準(CAFE standards)、CO2に関する排出量取引(キャップ・アンド・トレード)、再エネ導入のRPS(Renewable Portfolio Standard)など、アメリカの環境政策では「クレジット」("excess allowance"、"tradable permit"、"tradable certificate"とも呼ばれる)という言葉が必ずといっていいほど出てくる。しかし、日本では一部存在するものの、環境政策の主役になっているとは言い難い。この聞き慣れないクレジットというものは一体なんなのだろうか。

クレジットは、特にアメリカの環境政策においてここ30年以上に渡って中心的な役割を果たしてきた。企業等に対して義務的な環境規制(「〇〇を一定以上排出してはいけない」、「〇〇を一定以上導入しなければいけない」)をかける場合に、その遵守方法の一つとして、クレジットと呼ばれる量を購入して、自社のみでは満たすことができなかった義務の不足分を埋め合わせることを認める、というものだ。

一般的にそのクレジットは、他社が義務的な規制を超過して達成した場合か、義務がかかっていない企業が代わりに規制されている排出削減等をした場合の量(例えばXトン、Y台など)に比例して発生することが多い。企業は市場を通じて、あるいは相対でクレジットを購入し、義務履行に活用することができる。

さて、なぜアメリカでは、クレジット(市場メカニズム)を活用した手法がここまで一般的なのだろうか。それは、規制目的を達成するための社会的な費用を減らすことができるからである。汚染物質の総量削減や、一定量の新技術(例えばEVや低炭素燃料)の導入などの義務履行費用が個々の企業等で異なる場合に、市場メカニズムは有効である。例えば温室効果ガスの削減について、企業によって事情は様々である。技術も削減余地もたくさんあって比較的簡単に(つまり安価に)排出削減できる企業もあれば、技術がなかったり需要が旺盛なために増産が不可欠で排出削減が難しい(つまり排出削減にコストがかかる)企業もいる。その場合、前者が排出削減義務を上回るほど削減して、その余った分をクレジットとして後者に売ることで、狙った削減総量を達成しつつ、社会の費用を下げることができる。そしてすべての企業が排出削減のインセンティブを持つ。

例えば、カリフォルニア州はEVの導入量が全米の半分近くを占めるが、その中心となったのがテスラ社である。同社は、こうしたクレジットを競合他社に販売してきた。カリフォルニア州は、温室効果ガスを排出しないゼロ排出車(ZEV: Zero Emissions Vehicle)を一定量販売することを各自動車会社に義務付けるとともに、その達成にZEVクレジットの使用を認めてきた。ZEV技術を持つ会社は少なく、開発・製造にも費用がかかる。このため、多くの自動車会社は、義務付けられた割合のZEV(主にEVやプラグイン・ハイブリッド車)を自ら生産する代わりに、義務的割合を大幅に上回るZEVを製造する(というかEVしか作らない)テスラ社からZEVクレジットを購入し、ZEVを導入する義務を達成してきた。一方で、テスラ社はZEVクレジットを売却することにより収入源を得、EVへの投資を進めることができたのである。制度設計を行ったカリフォルニア州としては、単純に一定割合のZEV導入を各社に義務付けるよりも安価に、州全体にZEVを導入することができた。それによってEVという新しい産業を作り出したのである。

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