プログラミング小説:最終章「それぞれの道と暖かさ」
↑第1話
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總生学園。
東京都内の中心に近い位置に君臨する共学の中高一貫校で、様々なお金持ちや著名人の子供が通う名門私立。
私はそこの警備員として、増員の影響で、再び、約1年ぶりに配属されることになった。
1年経っても仕事内容はちゃんと覚えている。立哨、巡回、鍵の整理や施錠・開錠、当直勤務時に気をつけること全て、緊急時の警備作業、など。
私がもう一度仕事を慣らしてから正式なメンバーの一員となってからすぐに、中学3年生と高校3年生の卒業式が始まった。
「今日は卒業式だからいつもより気を引き締めて警備にあたるように」
そんな朝礼の時の水上隊長の言葉を思い出すかのように、立哨交代時に五十嵐さんがぼやいた。
「あーあー俺も早くここから卒業してーよー。こないだも言ったけど柚木さん、よく戻ってくる気になれましたね」
私はいつものように苦笑いをしながら、五十嵐さんと立哨から巡回へと交代した。
勤務が終わった帰り道の通路は、人で賑わっていた。桜で満開のこの季節に、人通りも賑やかで日本晴れでなんだか心地が良い。
「おじさん」
女性の声がして、私は振り向いた。何故かこの人混みの中に自分が呼ばれたような気がした。なんだかこの光景、以前も感じたことあるようなーー
「柚木さーん。私だよ。やっぱり気づいてくれたね、えへへ」
声の方を見てみると、壁の縁側に立っている卒業証書の丸筒を持った制服姿の桑谷さんだった。やれやれ、という顔をしながら、彼女に近付いた。
私は彼女の目を見て
「直接は言えなかったね、第一志望の大学合格と卒業、おめでとう」
そう言うと彼女は、ありがとう、といい、続けて
「柚木さん、4月から私、大学生だけど、ここの後輩の面倒と警備、しっかり頼むね。それから、私が高校を卒業しても2人で連絡とって、一緒に出かけたりご飯食べたりしようね」
「ああ」
「あと……何回も言うようだけど、プログラミングのこと教えてくれてありがとう。私、立派なAI研究者か機械学習エンジニアになって、柚木さんのような病気を治せたり寛解できるような方法を見つけられる人になりたい」
寛解、という言葉を使うあたり、彼女もすごく一生懸命に努力した結果、今も頑張っていて、そしてこの先も輝かしく生きていくんだな、と思った。
「私、今でも柚木さんに感謝している、と、思ったけど、なんだか今はそれ以上の気分かな」
私は首を傾げた。
「ちょっとかがんで」
私が実際にアクションをする前に、彼女は私の唇にキスをした。
あまりに咄嗟のことでよくわからなかったが、私はとりあえず
「ありがとう、桑谷さん」
とだけ言った。
すると彼女は
「えへへ……ファーストキスだよ。これからも仲良くしようね」
私は頷いた。
「私もう18歳だし、よかったら柚木さんのお嫁さんになってあげてもいいよ」
「そんなことはない。君は新しい大学に入ったら僕なんかより当然若くて頭が良くて、イケメンの男子に出会い惹かれるんだ」
「そうかもしれないけど、今は今で、私、なんだかとても幸せ」
そうだ、”今”だ。
今だからこそ出来ることだけじゃなく、幸せなことがある。彼女はそれを守った。だから難関大学の合格も果たしたし、やりたいことや夢も見つかっている。対して自分は得意”だった”ことや”過去”に亡くした人、そして”未来”にどうするかばかり考えていた。それでは叶うものも何も叶わない。
「そろそろ帰らなくちゃ……じゃあね、柚木さん。今日が私の卒業式だからって、今後絶対連絡途絶えるようなことがあっちゃダメだよ。なんだったら今度柚木さん家に遊びに行くからね。それでも長い間私のことほったらかしにしたら、職場でもどこでも飛んでくからね」
「ありがとう、前から思ってたけど、君はとても優しくて素敵な女の子だね。僕は大丈夫だよ。またここで働きながら、プログラミングでやりたいことをやるから」
「うんうん、それじゃあ、またね」
あれから約2ヶ月。
彼女とは何かしらあったらすぐに連絡するようになって、私としても嬉しい反面少々手が焼けた。
それでも、ゴールデンウィークに本当に私の家に2人で来て料理を作って食べたり、都内の観光名所に遊びに行ったり、例の池袋のコワーキングスペースで一緒にプログラミングをやったり、良好な関係を築いている。
しかし、私自身も、うかうかしていられない。
今、自分ができること、それを見極めて、また行動しなければならない。最もそれをするには健康であることが大前提なので、今は小休止中でもあるのだが、彼女が教えてくれたことを守りながら、私は今をしっかり生きていく。
過去に囚われないこと。
未来に期待しすぎないこと。
流れるような「今」を生きていくことで、私は現代の魔法使い「プログラマー」に、今年37歳の身からなることを実現する。
作者あとがき
この小説を、過去の作者に携わってくれた人や現在支えてくれる人、亡くなった人や今の自分自身に捧げるとともに、何より読んでくださった読者の皆様にこの場を借りてお礼申し上げます。
プログラミング小説
THE END
ではなく
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