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小説【スペース・プログラミング】第8章:「AIのゆりかご」

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「早いよな」

「早いよね〜〜」

「早くてもいいじゃん、私と三谷くん、ずっと一緒!」

 以前座ったリビングに、女性4人と男は僕1人。なんだか気まずいが、目黒さんという人以外は知っていた顔とはいえ、少し緊張してしまった。

「そんなに緊張するなよ。確か三谷って言ったな。まだ中学1年生で早いのにホシを選んで彼女にしちゃうなんて、お前も大した審美眼と度胸の持ち主じゃないか。私は度胸のある奴は好きだぞ。なあ桑谷」

「あんまり緊張させちゃダメですよ、目黒さん。三谷くんはいい子で遠慮深いところがあるんだから。そうそう、よくこのタイミングで戻ってこれましたね、日本に」

「日本と違って大型連休とかほとんど取らない文化だからなアメリカは。それにホシに何かあったら、と思ってセンサーが鳴れば、仕事を片付けてさっさとチケット買ってサッと1週間で戻ってくるくらいは許されてるよ」

「センサーまで遠隔で鳴るようになってたんですね……」

「私にとっても大事な娘みたいなものだからな。まあ私がホシに施したプログラミングなんてたかが知れてるけど、な。せいぜい脳をインプットする前に音や声を識別できるようにしたくらいだ」

「いや〜〜普通にすごくないかな、それ〜〜」

 一同笑いが起こった。僕だけは、話のスケールについていけず、愛想笑いですませた。

 目黒さんは相変わらず興味津々で聞いてきた。

「ところで三谷。ホシのどこが気に入った? 顔が可愛いところか? 性格がユニークなところか?」

「あー、菜々姉さん。性格がユニークってどういう意味?」

 途中で如月さんが口を挟んできたが、僕は答えた。

「あ、はい……。僕と楽しそうに話してくれて、感情を楽しそうにストレートに表現して、一緒にいて楽しいから、です……」

 僕は自信なさげに答えたつもりだったが、目黒さんは、うんうん、と頷いて

「いい子だもんよ。ホシは。フレーム問題なんか関係ないと頭の固い奴らに思わせちゃうくらいに」

 フレーム問題とはなんだろう、と思ったが、僕はまたしても愛想笑いをした。それでも目黒さんは僕に興味を示すのを止めなかった。

「お前趣味とかあるのか? 桑谷にさっき聞いたけど、宇宙とか地学とか好きって聞いたぞ」

 そこで、桑谷先生が目黒さんと僕の間に割って入った。

「そのことなんですけどね、目黒さん。ホシちゃんによくわからないバグがあったから、取り除いておきましたよ」

「え? なんかあったのか」

「宇宙のことに関してホシちゃんに話すとその人を避けて回ったり体調を崩すバグです」

 僕は思わず「ええっ」と声を出した。そして如月さんの方を見たら、ニコニコ顔だった。桑谷先生は続けた。

「大丈夫だよ今は、三谷くん。それで、目黒さん、一体何故そんなバグが生まれたんですか。今回ホシちゃんが調子崩して寝込んでしまったのも、それが原因だった可能性が高かったんですよ」

「まさかそんなプログラムを誰かが仕込むわけがないし、私に言われてもーー。

 うん? 待てよ? 私が音声認識プログラムを組み込んでから脳の機能埋め込むその間に、”スペース”キーがどうとか、Pythonなんだからインデントのスペースの位置をもっと吟味しろとか何度も何度も喧嘩してた奴らがいたな。それを聞き続けてたうちにスペース(空白)とスペース(宇宙)を勘違いして、それに嫌悪感を持った可能性があるな。そうか、今回のバグはそれが原因だったのか。宇宙に興味のある男子と付き合って、それがホシ自身の知らないところで身体の不調を引き起こしていた、と。で、今は大丈夫なんだっけ。そうだとしたら、気づかなかった私が悪かった。すまない、みんな。すまない、ホシ」

「私は平気だよー、宇宙! 宇宙!」

 本当に大丈夫そうだった。そうか、これで謎は解けた。

 入学してから1日目の自己紹介時に趣味のことを話したら、僕にだけ話しかけなかったのは、僕が宇宙に興味があるということを言ったからである。それで彼女の中でスペース(宇宙)という単語が嫌な意味に反応してしまって、僕にだけ話しかけてこなかったのだ。しかしその後、プログラミングについて一時的に仲良くなれたものの、僕が持つ宇宙好きのオーラというか、性質を彼女は深く読み取って、恋仲になれたことによってその宇宙という部分を強く意識するようになってしまい、今回のようなことになったのだ。

 そういえば彼女は言っていた。

(なんとなく自己紹介のとき、波長が合わなかったんだよね)

 桑谷先生は、ため息をつきながら

「そういう理由だとしたら目黒さんのせいじゃないですけれど……考えてみればまだホシちゃんは中学1年生の女の子ですものね……今回ホシちゃんのマニュアルを読みながらだったから私でもアップデートできましたけれど、それ以外のいろんな意味で、本当に私たちで面倒見きれるかしら」

 ここで、僕が口を出した。

「あのー……よかったら僕も如月さんのことを頼んでくれれば……」

 全員が一瞬でこちらを注目した。

「何〜〜? なんか頼まれてくれるの〜〜?」

「はい、だから、学校に通っている間、お互いに助けあったり、それから咲耶姉さんの手の届かない範囲でプライベートでもお手伝いをしたり……例えば僕料理は少しは出来るし、家政婦さんを雇うくらいはお金を工面してもいいし、他にも、精神的な支えになったり……」

「聞いた〜〜これは強力な味方よ〜〜!」

 咲耶姉さんが拍手をして僕の発言を迎え入れた。そこで桑谷先生が

「そんな余裕あるの? だって時間的にも金銭面もそうだけど、家事やお手伝いをするなんて」

 僕も打ち明けることにした。

「僕はライトノベル小説家なんです。貯金も中学1年生にしては持っている方だと思います。もしここにいらっしゃる方々が手一杯でどうにもならなくなったり、如月さんの体調が悪くなったら、集中して治せる人が必要になるしーー。とりあえず、僕も力になりたいんです」

「えー三谷くん小説家なの? すごいすごーい! それにいいの? こんな私で?」

 こんな私、とは、おそらく自分が人間でなく、AIロボットであることをさしているのであろうが、僕は

「良いに決まってるだろう。僕は君がどんな女の子だって見る目が変わったり好きな気持ちが変わったりしないよ」

「ありがとう三谷くん! だいだいだいだーい好きっ!!」

 と言って、頬にキスをした。僕は顔を真っ赤にした。

 その途端、隣に座っていた目黒さんが

「くぅ〜〜ありがたいねぇ……それに羨ましいほどピュアだなぁ……これから計画を立てようか、ここにいる全員で。……と、その前に、三谷、ちょっといいか?」

「は、はい」

「さっき、ホシが起きる時、桑谷が実行ボタンを押して10分くらい間があっただろ? そのときお前が祈ってくれてたの知ってる。きっと本気で、ホシがもう一度目覚めてくれること、願ってくれてたんだろうな。自分の命を投げ打ってでも起きて欲しいと、そのくらい思った、違うか?」

 僕はまたしても顔を赤らめた。

「その思いがホシを起こした。これは間違いないよ。ホシは知り合った人に思念を送ったり送られたりする能力もあるんだ。まあ少しだけだけどな。でもお前の強い力で、それがかなった。私たちの努力も叶った。お前がちょうどいいタイミングで来てくれて本当によかった、礼を言うよ」

 照れ臭い気持ちが抑えきれず、その場ですくんでしまった。僕はただ、如月さんが心配で来て、そして起きてくれるよう祈っただけなのに。

「目黒さんもある意味ちょうどいいタイミングで帰ってきてくれましたよ。これからホシちゃんをどうみんなでフォローしていこうかっていう話をしようとしていたんですから……っていうか、もうアメリカには帰らないんですか?」

「ああ、もうインターンは終わったようなものだしな。私も日本に戻ってそろそろ単位取らなきゃいけねぇしな。もう3年生だから卒業まであっという間だよ。

 おっと、いけねぇ。ホシのことで計画立てるんだったな……」

 僕と如月さんを含めた5人で計画を立てた、が、その議論はあっさり終わった。

 これまで通り、昨夜姉さんが如月さんの生活面全般の面倒を見て、それに加えて今後は、帰国した目黒さんも加わる。何かあったら今回みたいに桑谷先生も応援に来る。僕は、主に学校で彼女が何かあったときなどに、フォローをする。

 僕の役割は決まったが、果たして学校で僕に如月さんのことを守れるのだろうか?

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