プログラミング小説:第6章:「力なきものの卑屈さ」

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 Pythonの学習自体は楽しいが、ネットで検索すると、これを覚えたからと言って未経験から簡単に就職できるわけではないことに気がついた8月ももうすぐ終わりの頃。

 總星学園に通常授業の夏休みはあっても、我々警備員には特別休暇のようなものは与えられない。しかし、逆に言えばこれまでと変わらずメリハリをつけて、仕事と家でのプログラミング学習にあてられている、と言える。

 勤務中は、主に夏休みの間も活動している部活の生徒たちの相手をすることが多い。主に立哨中に挨拶をしたり通学路の安全確認を行ったりする程度だが、例によって話しかけてくれる子供たちもいる。

 サッカーや硬式テニスなど、スポーツにも強い進学校であるため、特に男子生徒が多く、気さくに相手をしてきてくれて私も心地が良い。

「柚木さんって、高校の頃何部だったんすか?」

「暑いっすよねー、お疲れ様っす」

「ボールとってくれてありがとござーっす」

 一事が万事、こんな調子だ。ただ立っているだけよりよっぽどやり甲斐のある気持ちで、私も外の暑さを吹き飛ばせるくらい清々しい気分でいられる。

 反面、女子生徒はあまり見えず、少なくとも校庭で活動している様子はほとんどみられなかった。

 桑谷さんも、どこの部にも所属していないのか、或いは休んでいるのかその他の理由なのか、夏休み中に全く会わないので少々気になるところではあるが、向こうから連絡してこないのであればそっとしておくのが良いと思い、こちらからも何も言わずじまいだった。

 そんな夏休みの終わり頃、再び終業時間の更衣室で五十嵐さんと話になった。

「柚木さんって、おいくつでしたっけ?」

 突然年齢を尋ねられたのに少し拍子抜けしたが、35です、と素直に答えると

「もし転職するならあと1年歳とる前が絶対良いですよ。俺なんか前にも言いましたけど、37で書類で落とされまくってますから」

 私は、はぁ、とだけ言った。五十嵐さんが転職できないのは、職種を絞ってなかったり応募書類の内容が良くないものを送っていそうだったり、他にももっと大きな理由がありそうな気がしないでもないのだが。

「って言っても、今アツい業界ってどこなんですかね? 将来AIにとって代わられないで、安定した職種。ないですかね、柚木さん」

「そんなのあったら僕が教えて欲しいくらいですよ、五十嵐さん」

 お互い、ハハハ、と笑いながら、私は心の奥底で苦虫を噛み潰したような顔をした自分を想像した。こういう、相手に求めてばかりで自分からはほとんど努力をしない人の言うことを聞くのは、厳しいものがある。

「柚木さん、今の仕事って楽しいですか」

 また突然返答に困ることを聞いてきた。率直に言えば楽しいが、プログラマーになるために家でインプットしているのも事実。しかし、ここはとりあえず

「そんなに苦ではないですね」

 とお茶を濁しておいた。

 すると彼は不満そうに

「あまりスキルが身につかないから、俺は嫌なんですけどね正直ここの仕事」

 じゃあとっとと辞めろ、と言いたくなったが、角が立つのも嫌なので堪えた。

「俺の転生エージェントの担当からは『大丈夫ですよ、30代後半の方でも数ヶ月で転職していらっしゃる方もおりますから』なんて言われるけど、なんか信用できなくなりましたよ」

 信用に値しないという点については同意しそうになった。むしろそれでも優しく言われている方ではないか、とも言いたくなったが。


 家に帰って、ようやく同僚の愚痴から逃げられた疲れを癒す間も無く、私はプログラミングに励む。

 流石に今はもう、HTML・CSSでWebサイトの外観のようなものを作ることはできるようになった。しかし、お問い合わせフォームで実際にメールが送られるようにするなど、そういったアプリケーションのような機能はまだだ。

 先ほど、プログラミングのインプットを行っている、と言う話をしたが、実を言うと、もうドメインやURLを取得し、HTMLサイトをアウトプットすなわち公開できているようにもなっている。【アルファ&ベータVPS】というヴァーチャルプライベートサーバー(VPS)業者でサーバーを借り、ついでにLinuxを始めとしたインフラ技術の基礎も覚えたのだ。

「Linux」というOSに加え

「Apache」というWeb(HTTP)サーバー

データベースの「MySQL(マイエスキューエル)」

そしてプログラミング言語の「PHP」

 の、頭文字をそれぞれ取って、「LAMP環境」を作るのには、それなりに骨が折れたが、参考書通りにやったら意外と数日間で終わってしまった。もっとも、PHPのようなサーバサイド言語を使っていないため、先述した通りアプリケーション機能は何も出来ていないのだが。

 そこをどうにか改善しようか、または別の物も作るか考えていたところ、スマホが振動した。

 誰だろうと思ったら、7月に行ったことのある大崎駅近くの転職エージェントの小野からだった。

 文面をみると、転職状況はどうかとか、友達に転職したい人がいたら紹介してください、とか、そういう内容の事が書かれてあった。普段だったら、ここで無視一択だが、一応

「今、ポートフォリオ作りに精を出している途中なので、転職活動はまた近いうちに本格的に行います」

 というメールを返した。ポートフォリオとはIT企業の採用担当に評価してもらうための、今作っている私のWebサイトのことだ。

 にも関わらず、メールは向こうから返ってこなかった。

 何のためにメールを寄越したのか。もしかして後半部分の友達に転職したい人なんちゃらという部分が目当てでこんなメールを寄越したのか。相も変わらず失礼な態度を取り続ける会社だと、呆れて物も言えなかった。

 しかし、そんな相手に力強く物申す事が出来ない自分に一番腹が立っていたのも事実であった。もし私がすぐに転職できるような人材だと、自他ともに認められる人間であるなら、今公開しているWebサイトのURLを貼り付けて送れば、少しは相手の反応も変わるかもしれないではないか。それが出来ないのは自分にまだ全然自信がない証拠である。桑谷さんがせっかく励ましてくれたのに、こういう自分の意気地のなさの方を、情けなく思う。

 気晴らしにスマホで天気予報を見ると、明後日、9月1日に過去最大級の台風が関東に上陸すると書かれてある。9月1日といえば、總星学園の2学期の始業式だ。私はその日出勤日なので、どうか台風がそれてくれますように、と願いつつ、やはりHTML・CSSやPHPではなく別の形でWebサイトを作り直そう、と脈絡のない思いつきをした。


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