プログラミング小説:第13章「SESの片棒を担ぐことの重さ」

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「もういいよ、お前みたいなおっさんいらないから」


 初日の作業日、客の声で賑やかに振舞うバックヤードにて、現場の担当者なのか責任者なのかわからない20代後半程の頭を茶色に染めた神経質そうな男に言われたのは、この言葉だった。


 そもそもどのような業務配置構造になっているのか、そして指揮系統はどうなっているのか、とんと見当がつかない。と言うより、これは入社日に気付くべきだったのだが、何故、家電量販店のお客様対応や接客業をやっているのか。最初は、パソコンに触れられる機会があるからなのか、とも思っていたが、どうやらそれは違ったようだ。

 私はこの「グロースエンジニアリング株式会社」に入社し、1日目にオリエンテーションを受けてから、2日目に早速、千代田区にあるこの家電量販店に配属された。同じように、4月1日に入社し、2日目から現場へ向かわされた若い人が、私を除いて3人いる。この計4人で、私達は、お客様の家電の使い方を教えるアドバイザー兼接客スタッフとして、働かされることになった。私があまりに、最近の家電に疎く、お客様を待たせてしまうことが多かったがために、冒頭の言葉を寄越された。

 更におかしなことに、この店に入場する際に、自分の名前の他に何社も違う名前の会社を入館管理書に書かされ、そして何度も「自社の社名は決して名乗るな」と、行く度に変わる責任者らしき人間に念を押された。どうやら多重派遣を行っているらしく、元請け会社の人間であることを大っぴらに作業をしたら、現場の人間や下請けの責任者にとって不都合が生じるのだろう。

 他の3人も同じ気持ちだったのかは知らないが、あまりやる気を見せられず、現場の責任者からパワハラを受けた。しかし最もそれを被ったのは自分であり、理由は「歳をとっている割に出来ない人間であるから」であろう。

 私は昼休憩時から、店の裏手に入り、パイプ椅子を差し出され、そこで1時間休憩を取るよう言われた。どうやら午後はここで作業をするのだろう。しかし、埃と砂まみれで、私は弁当を持ってきたが、とても食べ物を食べられる環境じゃない。仕方がないので、水筒に入ったお茶を飲んだが、心なしか何の味もしなかった。そしてついむせ込んだ。咳をしながら(どうやらここの埃を不意に吸い込んでしまったようだ)と自覚した。椅子に座りながら、私は呆然としているしかなかった。

 昼休憩が終わり、午後からはポスレジの搬入及び搬出作業をやらされた。これはもう完全に肉体労働である。プログラミングも何もあったものではない。私はそれほど若くない身体を必死で動かしながら、どんどん裏手のトラックに積まれていくレジを必死に台車に乗せて運んで、それを何度も繰り返した。それでも現場責任者(これまた先程の店舗の現場責任者とは異なる、眼鏡をかけた目つきの悪い若い男)には、私の作業スピードの面で不満があるらしく

「おっせえオヤジ。使えねぇ」

と、暴言を浴びせた。


私は愚直にそれでも、トラックで運ばれてくるレジを運んでは、それを半日繰り返し、2時間の残業までして、その日を終えた。

「はぁ、はぁぁ……」

 私は疲れのあまりため息とも息苦しさとも取れる呼吸をしたが、それも現場責任者には気に入らなかったらしく

「静かに作業しろ! 私語厳禁だ!!」

 と、罵声を轟かせた。


 やっとの思いで作業終了後、私は念のため、責任者の男に聞いた。

「あの、すみません。明日もここの現場ですか」

 男は小声で「うるせーな」と呟きつつ

「そうだよ。ここは朝6時からだからな。遅れんなよ」

 と一瞥した。

 私は今日一日、大変嫌な気持ちになり、その家電量販店を後にして帰宅しようとした。

 すると、その責任者がいきなり声をかけてきた。

「ああ、そうだ。一応携帯の番号貰っとくことになってるから。バックれられると困るからな」


 私は完全に疲弊しながら電車に乗った。

 それに加えて、かなりの肉体労働で私の身体はバキバキだった。ただでさえ薬を飲んでいるところに、このフットワークはこたえた。

 私は2日目の帰り道から早速、どうすれば良いのかわからず悶々とした。明日以降も同じ作業を延々とやるのは体力面で非常に厳しいし、何よりエンジニア業務と関係がない。そもそも日中の件で、多重派遣を行なっていることはほぼ明白だし、責任の所在もわからない。一体何がどうなっている?

 家に帰ってから私は、自分の勤めている会社が「SES」という客先常駐を行なっている会社だと初めてわかった。ただ客先常駐として社員を派遣するだけでなく、その先に何重も社員を出向させ、元請けからのピンハネを行なっているのが、このSESの特徴である。その業務内容は、決してITエンジニアのようなものとは限らず、家電を扱う仕事などだけでなく、老人介護やコンビニの店員など、エンジニア志望の人間を食い物にする、極めて悪質な会社が増えているのだという。

 更に指揮系統が誰なのかをはっきりさせず、実質的には派遣労働者扱いをしているものの、業務委託扱いとし、請負をさせていることから、偽装請負である可能性も高い。そもそも多重派遣を行っていることはほぼ明白なのだから、現場の人間としては責任者の所在を明らかにすることより、指揮系統を有耶無耶にした方が都合が良いためであろう。

 私の入社した「グロースエンジニアリング株式会社」もほぼ間違いなくその内の一つであった。今考えてみると、道理で面接の際に技術的な質問やポートフォリオの内容に突っ込んだスキルを中心とした質問がなかった、と、私は悔やんだ。

 さて、えらいところに入ってしまった。前の警備会社にも戻ろうにも新しい人を入れてしまったようなので戻れない。こういう事前リサーチをしなかった私はなんて愚かなのだろう、と自分を責めた。

 その日は風呂に入り身体の痛みを少しでも取り除こうとし、何であれ次の日に備えよう、とした。


 次の日、私は朝早く現場には行かなかった。身体も精神もガタガタで、動かなかったのだ。

 すると、スマホにショートメッセージが飛んできて、昨日の午後の現場担当者からだった。

「休む時は連絡くらい入れてください。それからその分土曜日または日曜日に働いて頂きます」

 形式こそ敬語ではあるものの、完全に私の責任者気取りだ。

 私はこの場でピンときた。

 これを持って労働基準局に訴えればいいのではないか? 現場責任者が入社時に貰った配置図と異なるのに、違う者が私に命令をしている。これは偽装請負の証拠になる。

 私は東京労働局の開庁時間を待ってから、電話をかけた。自分の今勤めている会社が偽装請負及び多重派遣を行っている可能性がある、と。すると、電話口の相手は、けんもほろろに、「ただいまそういったご相談が多くなっていて、今からご相談の予約をしても2週間先になるかと思われます」と言われてしまった。

 私はついに心が折れてしまい、もういいです、と言って電話を切った。国も助けてくれないとは。私はどうすればいいのか。何より警備員をやめてプログラマーを目指したのがいけなかったのか。いろんな思いが交錯し出した。

 私はそのまま再び布団に潜った。不覚ながら涙がこぼれた。

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