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ユーザーリサーチが「使えている」組織とは何か?あるいは、ユーザー理解の組織実装について

これまで、累計500名以上、150社を超える個人や企業の皆さまへのユーザーインタビューやヒアリングを行い、これまでに、3度のプロダクトの立ち上げ、大小含めて7回ほどのピボットを経験してきました。

今年はCentouというユーザーインサイトやユーザーニーズを管理するSaaSを立ち上げ、ますますユーザーリサーチ(UXリサーチ)領域に対しても、解像度が高まった一年でした。

そんな折、今年の締めとして、ユーザーリサーチ領域において今後1〜3年のテーマになってくるであろう「事業に資するユーザーリサーチ」「ユーザー理解の組織実装」について、これまでの歴史視点や、事業運営や組織運営の視点で整理をしようと思います。

あくまで個人としてのまとめであり、整理中の思考も含めて記載しています。年末年始の皆さんの思考のタネの1つになると幸いです。

この記事は、Research Advent Calendar 2023 の記事です。
良き言語化の機会をいただきありがとうございます🤝


想定読者

  • ユーザー理解を強めていきたい、自社の競争優位にしたいと思っているすべての職種

  • ユーザーに使われる、愛されるサービスやプロダクトづくりをしていきたいと思っているすべての職種・業種

筆者のスタンス

想定読者として、あえて広めに設定している意図をここで明示しておきます。

本来、「ユーザーを理解したサービスづくり / プロダクトづくり」というトピックは、特定の職種だけでなく、組織における全ロールが少なからず関心があることだと思っています。

そして、職種によっては、「リサーチをしよう」と思っていなくても、すでにそれらしいことを「やっている」方も大勢いるように感じます。

そのため、今回のポストも、「リサーチャーだけ」「デザイナーだけ」「PMだけ」と職種で区切り、壁をつくるのではなく、ユーザー理解が何かしら重要だと考えている人に対して、筆者の意見を書いたものになります。

忙しい人のためのまとめ

  1. UXもしくは、それに伴うユーザーリサーチ / UXリサーチは、時代的に大きな転換点を迎えている

  2. 今後数年で、「事業に資するリサーチ」「ユーザー理解の組織実装」(ユーザーリサーチが「使えている」状態)が、大きなテーマとなる

  3. ユーザーリサーチが「使えている」状態は、8つのチェックリストで現在地を推し量ることができる。

  4. 達成までの道筋は、「良い問い」をつくるところから。

  5. そして、「太いパイプづくり」「パイプの増加」「意思決定ファクターの把握」の3つが実践の際の要点である。

「UX」黄金の10年間

1980年代から、「ユーザーエクスペリエンス」の考え方が登場し、昨今あらゆる文脈において、「ユーザーを理解したサービス / プロダクトをつくること」の重要性が語られてきました。

  1. リーンスタートアップにおける顧客インタビューの重要性

  2. デザイン思考における「共感」(Empathize)や、「テスト」(Test)

  3. HCD / UCD における、ユーザーフレンドリーなUI設計

  4. マーケティングやセールスにおけるCRM(Customer Relationship Management)

そして、2010年代後半から「UXリサーチャー」を名乗る、専任のリサーチャーの仕事も出てきています。

Google Trendsによる2010年以降の「UX」というワードの検索数

Google Trendsによると、ここ10年の「UX」についての検索は右肩上がりで、関心の高さがうかがえます。

立ち込める暗雲

隆盛を誇った「UX」ですが、ここにきて世界的に転換点を迎えています。

  • 2022年からの米国中心の大規模なレイオフで、約2万人のUX職種の解雇

  • 国内の主要リサーチ会社における売上計画の下方修正

世界中で「UXは死んだ」といった記事が書かれたり、高すぎた「UX」への期待値をリセットするような動きも出てきています。

"Nice to have"なリサーチ活動

自身も、自社での試行錯誤や、数十を超える企業のユーザーリサーチ事情を聞く中で、様々な失敗談や苦労話を聞いてきました。

  • 大量のユーザーインタビューをしたが、結局、事業の仮説に対してうまく反映・フィードバックされなかった

  • 何ヶ月かを費やし、リサーチレポジトリ(補足:リサーチの情報や結果を蓄積したもの)らしきものをつくったが、蓋を開けてみると、まとめた当事者やその周辺しか見ないものになり、独善的なアウトプットになってしまった

  • 社内でリサーチをされていることすら知られていない

  • 特定の手法やプロセスにこだわってしまい、結果として何がしたいのか分からなくなった

  • リサーチを行っているものの、うまく共有がなされず、各人の頭の中にそれぞれのユーザー像ができて、議論が紛糾している(「群盲像を評す」状態になっている)

他にも挙げればキリがないほどに、リサーチが「使えている」状態(ユーザー理解の組織実装とも呼べる状態)になるためには、たくさんのハードルがあります。

つまり、ユーザーの声を聞くところから、何かを改善したりリリースするまでには、想像以上に難しさがあるようです。

この難しさを乗り越えられなかった場合は、リサーチャー / リサーチ活動への信頼が失墜し、業務フローの中にリサーチが組み込まれず、「ぶっちゃけ事業成長にはNice to have(あってもなくても良い)な存在」になっている場合もあります。最悪の場合は、「ユーザーリサーチ、やってまっせ」というただのポーズになっている場合も…。

非常に耳の痛い話をしてしまい恐縮ですが、それほどまでにユーザーリサーチ活動や、広く「ユーザーの声を事業に反映する」活動は、本腰を据えてやらないと、綺麗ごとに終わる活動だと感じています。もちろん、うまくいっている企業もあり、尊敬する素晴らしい方を何人も知っています。

この状態になりたい

ユーザーリサーチやリサーチの活動が、会社単位でも、業界全体で見ても、より良い方向に向かっていくためのキーワードこそ「事業に資するリサーチ」「ユーザー理解の組織実装」、つまり「ユーザーリサーチが『使えている』状態にする」ことであると思っています。

ユーザーリサーチが「使えている」状態とは

では、「ユーザーリサーチが『使えている』状態」や、「ユーザー理解が組織実装されている状態」とはどのようなものでしょうか?

UX成熟度などのフレームワークもありますが、あえてここでは(UX関連職種以外の方にも届くように)語弊を恐れず、砕いた表現で記載してみます。

参考:UX成熟度(The 6 Levels of UX Maturity)

以下に、簡単なチェックリストとして、ユーザーリサーチが「使えている」組織や状態になるための要件を考えてみます。

■ ユーザーリサーチが「使えている」状態になるためのチェックリスト v1.0

  1. ユーザー接点(ex : ユーザーインタビュー、商談、カスタマーサポート)がある

  2. 一部の施策に対して、ユーザー接点で得られた情報が使われている

  3. 一部の職種から「こんな情報はないか?」と相談が起こる

  4. 議論の際に「ユーザー」「利用者」「体験」などが頻度高く出ている

  5. これまでのユーザー接点で得られた情報が、職種をまたいで参照可能な形になっている

  6. 大部分の施策に対して、ユーザー接点で得られた情報が使われている

  7. ユーザーの成功が、事業やプロダクトにおける重要なメトリクス(指標)の1つとして機能している(「ユーザーの成功 = プロダクトの成功」状態)

  8. ユーザー理解を通じた非連続な事業成長が実現できている

1は多くの組織において、標準的に備わっていることかもしれません。そして8までいくと、

  • Amazonが発明した「1クリック注文」機能

  • Instagramのストーリーズ機能

などのような、ユーザー理解が企業や事業の競争優位性になっている状態かと思います。

参考:その他のユーザーリサーチによって生まれた機能の例

良い問いと微妙な問い

上記のようなチェックリストを埋めていくことを考えた時に、よく出てくる問いが以下のようなものです。

  1. ユーザーリサーチをもっとやっていきたいがどうすれば良いか?

  2. 過去のリサーチ結果が散らばっており、リサーチの結果をもっと蓄積していきたいが、どのツールが良いか?

  3. どの手法でリサーチをすれば良いか?

これらの問いは、非常によく聞きます。特にユーザーリサーチを行っている方の場合、その業務やフローの大変さから、このような問いが出てくるのもうなずけます。

一方で、これらは手段が目的になってしまっており、これらの問いに答えたとしても、結果として組織や事業がリサーチを「使えている」状態に可能性は低いでしょう。昨今の「リサーチデータベースをつくってみた」といった取り組みにおいて注意すべきポイントもこの点かと思います。

気持ちとしては分かるが、表面的な問いになってしまっている

より本質を捉えるためには、以下のような問いを個人・チーム・プロダクト・会社単位でアンサーする必要があります。

  • なぜ、[プロダクトやサービス名]にとって、ユーザー理解は重要なのか?

  • 私たちにとって、ユーザー理解ができていると(ユーザーリサーチが「使えている」と)どんな嬉しいことが起こるか?

  • 私たちは、ユーザー理解を組織実装するために、何を行う必要があるか?

つまり、ユーザー理解やリサーチ活用によるアウトカム(得たい結果)を明確にする問いこそ、手段の目的化を避け、そして自ずと良い手段が明らかになる問いです。

ユーザー理解に対して文脈をセットする問いこそ良い問い

ユーザー理解の組織実装をするためのプラクティス

問いを見直し、手段ではなくアウトカムに目が向くことで、ようやく事例やプラクティスが「血肉」となって、自チームや自社にとっての重要な情報になるでしょう。

そして、ユーザーリサーチが「使えている」状態にするためには、いくつかの押さえるべき勘所があります。

太いパイプをつくる

まず1つ目に「パイプづくり」が挙げられます。ここでのパイプとは、ユーザー理解やユーザーリサーチから、その情報が活用されて、何かのアウトプットにつなげられるまでの、一連のフローのことを指します。

組織のあらゆる活動に、ユーザー理解や実践が入り込む余地はありますが、まずは1つをピックアップして、業務フローに当たり前のように組み込まれるようにする必要があります。

プロダクト設計の文脈でも良いかもしれませんし、マーケティングにおける企画文脈でも良いかもしれません。

ユーザー理解やその実践が、Must have(なくては業務や意思決定が進まないもの)になればなるほど、パイプは太くなっていると言えます。Nice to have(あってもなくてもいいもの)であれば、太いパイプとは言えません。

パイプを増やす

そして、太いパイプができたら、それらを増やしていきましょう。

同じ領域(ex : プロダクト開発、プロダクト設計)において、「使えている」シーンを増やしていくのも良いでしょう。

別の領域に対して、「使えている」先を増やしていくのも有効かもしれません。

また、職種をまたいだ共通のツールやフォーマットがあるなら、そこに反映しても良いかもしれません。

意思決定のファクターを捉える

そして、最も重要なのが、最後の「意思決定のファクターを捉える」ということです。

ユーザー理解は、聞こえの良い概念であり、絶対善のようにも見えますが、会社や事業は、ユーザー理解だけでは動きません(そしてユーザー理解がなくても動いている企業も多くあるのが現実です)。

ユーザー理解やユーザー視点は数ある意思決定要因の一つに過ぎない

盲目的に「ユーザー理解が大事だ!」と声高に叫んでも、何も変わらないことがほとんどでしょう。

視野を広げることで、関係性やユーザー理解の必要性が見えてくる

「私たちの会社やチームにおいて、意思決定が進む要因はなんだろう?」と、その意思決定ファクターを整理することが重要です。

整理をすることで、ユーザー理解が事業や組織の意思決定にとって、なぜ重要か、どう組み込むと良いのかが見えてきます。

事例:alma社におけるユーザー理解の組織実装

上記の3つのプラクティスは、組織の状態やフェーズ、文化によって、そのニュアンスや優先順位が微妙に異なるかと思います。

抽象論で終わるのはもったいないので、自社をたたき台に「どのような体制で『ユーザー理解の組織実装』をやっているか」をまとめてみました。これまでに記載した問いやプラクティスを踏まえて、ここでは、あえて超具体に、ひたすらHowについて記載をします。

全社でユーザー理解を実践するための技術スタック

almaにおける「ユーザー理解の組織実装」の構造

alma社では、職種間でツールが分散し目線がバラバラにならないように、最大限ツールを少なくしながら運営しています。職種ごとにある程度専門ツール(ex : プロトタイピングツールとしてのFigma)はあるものの、全社レベルで使うものは、上記のようなツールになります。

■ 1. 事業計画や売上計画、プロジェクト管理

事業が目指すこと(ミッション)や、ミッションまでの道のりを「プロダクト設計書」(Whole Productの文脈でのプロダクト)として表し、いわゆる事業計画のような位置付けで扱っています。

プロダクト設計書の様子

利用ツールは、使い心地や柔軟性の観点から、Notionを使っています。

プロダクト設計書には、およそ1~3ヶ月単位で検証可能な仮説を1バージョンとして、全職種がバージョンをアップするために、仮説の検証を進めています。

各バージョンは、終了したら天気で結果を表し「晴れ」なら今後も継続 or 深めるバージョン、「曇り」や「雨」なら、別の仮説を検証する、といった具合です。

■ データやインサイト

定量データと定性データで大きく使い分けています。定量データはRedashを使い、定性データとしてCentouを使っています。

Redashでは、事業における重要な指標(プロキシメトリクス)や、その周辺の指標を1つのダッシュボードとして可視化しています。

Redashの様子(もはやすべてぼかしてしまって、ほぼ情報がなくてスミマセン…)

Centouでは、ユーザーのインサイト(ユーザーニーズ)を抽出し、ダッシュボードにまとめておくことで、定量データで掴んだ傾向や全体像とセットで、より詳細な行動や欲求を可視化しています。

Centouの様子(ツリーマップでのインサイト表示)

ちなみに、インサイトの管理ができるようになってから、各施策の成功確率は大幅に向上し、どのプロダクトにおいても「使われない機能やリリースがほぼない」といった状況になりました。お世辞なしに、Centouでのインサイト可視化は、打率を高めるために非常におすすめです。

インサイト管理ができるようになってからとそれまでの天気(成功 / 失敗)

定量データと定性データを、ともに可視化することで、組織内におけるコミュニケーションも非常にスムーズになって、認識の齟齬によるやり取りは(副業メンバーも含めて)ほとんど起こっておらず、個人としても非常に働きやすいです。

■ 日常コミュニケーション

基本的にSlackを使ってコミュニケーションを取っています。

朝と夕方に任意参加で「Daily Review Time」(通称DRT)という時間を15分ほど取り、得られたインサイトの速報や、戦略の修正、施策のレビューなど、さまざまな持ち込みがあります。

ローマは一日にして成らず、では今始めよう

ここまで、ユーザーリサーチが「使えている」とは何か?ユーザー理解の組織実装とは何をすることなのか?について個人の考えをまとめてきました。

一方で「使えている状態」は、会社のカルチャーや、これまでの業務フローにも影響するため、一朝一夕にできるものではありません(意思決定スタイルを変えようという話でもあるため)。

ローマは一日にして成らず。だからこそ、今から始める、コツコツ動き出す、そして他ならぬ「あなた」が始めることが重要なのでは、と思っています。

1994年に創業されたAmazon、そのCEOであるジェフベゾスは、創業時から「地球上で最も顧客志向な企業であること」をずっと標榜し、今のAmazonの地位を築きあげました。

他社のことを恐れるな。お金を出して商品を買ってくれるのは競合他社ではない。顧客だ。顧客のことに集中しよう

ジェフ・ベゾス

50社以上の競合を知っている。競合の動きに注目はしているが、夢中になったりはしない。我々が夢中になっている相手は消費者だ。商品を購入してくれるのは彼らなんだ。

ジェフ・ベゾス

「ユーザー理解、大事だよね」と綺麗ごとで終わるか、自社の競争優位性になるか。

Nice to haveなユーザー理解や組織になるか、ユーザー理解が真にMust haveな状態になるか。

これらの分岐点は、日々の積み重ねに他ならないのかもしれません。

ユーザー理解の組織実装が、あなたのチームも会社も、そしてその先のユーザー・顧客も幸せにすることを願って止みません。

それでは、みなさん良い年末をお過ごしくださいませ。

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