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[詩] トマト

トマト?
私の頭上を超えて、通りをわたって
向こうの茂みに落ちた

落下地点に急ぎつつ歩いていき
かがむ時間を最小限にして茂みの中を探すが
トマトはどこにも見つからない
トマトって消えるものなのか
カモフラージュにとりあえず狼狽る仕草をする

トマトではなかったのか
何か他の生き物だろうか
だいたい、本当になにか飛んでいたのかさえ
あやしい。偽記憶、幻覚なのか?
寝ているうちになにか吹き付けられのか
馬鹿な、その様な事は有り得ない
私はプロだ

どこから飛んできたのか確認しようと
通りの向こうのマンションあたりの方を目視すると
もう一個、赤い実確認物体が
こっちに向かって飛んでくる
今度は、確実だ
トマトだ!
まっすぐ、こっちに向かって飛んでくる
私の動体視力では
緑のヘタも流線型に見える
潰さないようにキャッチするには、肘を柔らかくして
包み込むようにキャッチしなければならない

やわらかく、うけとめる
受け取ったショックを和らげるために
流れるように、数歩フォローウォークを決めると
花の蕾をした両手を、ゆっくりと開く

なんだろうこれは、トマトに似ているが
トマトではないようだ
緑のヘタもある、緑がかった赤の色とこの形
どこからみても、トマトなのだが
私には、はっきりとわかる
これはトマトではない

感触が違う、あのトマトの触感ではない
すこし、硬いか柔らかいかどちらかだ
手のひらにトマト状のものを置いて眺めてみる

皮にあたって反射した光の加減がいつものトマトではない
太陽に翳してみると、影が私の顔にあたる
その、日陰のつめたさが、いつものトマトと全く違う

重さが、若干違う気がする

証拠は揃った。お前はトマトではない
しゃがみ込み、道路の真ん中にトマトを置き
右手をピストルの形にして突きつけ
そっと確実に囁く
お前はトマトではない

でも、最終確認が必要と即座に判断
シャツの袖でトマト状のものをよく拭いて
勇気をだして齧ってみる。
時には大胆さも必要だ
ほら、トマトとそっくりの味だが
すごい奥にオレンジの味がする
俺を騙すには、まだ熟しきっていない
こいつは全くもってトマトじゃぁない
トマトレンジ
きっとそうだ。
こいつは、遺伝子操作かなんかされたものだ
トマトレンジ
発音してみるとしっくりときすぎている
なんの違和感もない。怪しすぎる
だれかがあのマンションに換金されているのか

変換を間違えた。監禁だ
何かのメッセージなのか

急に頭に衝撃がはしり
目の前が汁気で赤くなる
ふわっと香る匂いがトマトではない
トマト状のものが
アスファルトの上で次々と破裂している
犯人はアマチュアか
このアスファルトに直撃したときの
果肉の破裂の仕方は
ほんの少しだが確実にトマトとは違っている
トマトではないという証拠を
プロのトマティアンにみせびらかしても
損しかしないことは
どこからどう見ても確実なのに
敵とはまだ確定ではないが
(超常現象の可能性もすてきれない)
誰がなんのために、こんなことをしたのか?

激しく笑い声が聞こえる
なにか愉快なことが起こったらしい
若い人以上老人未満の笑い声だ
謎の液体が口の中に入る
トマトそっくりの味で美味しかった
トマトレンジではないかもという疑念に動揺

思わず、うまいっと大きな声が出る
感謝の気持に満ち溢れてきたので
もう一度、大声でうまい!
応援団に負けないくらいの大声で
気持ちを最大限に伝えた

すると、急に静かになり
マンションの裏に太陽がすっかり隠れ通りが暗くなる
ガチャンと窓シャッターを閉める音がする
(窓シャッターと車庫シャッターの違いの識別は基本スキルだ)

そうだ、それが正解だ
数時間は外に出ないほうがよい
危険なので発声こそしなかったが
音のした方角に連帯の意思を示すために
確認したわけではないが
しっかりと閉じられているだろう
シャッターに力強く頷くと
予定していたコンビニへと向かう

シャツがけっこう濡れているが、血ではないし植物系の匂いなので問題は無い
二階から顔を出している女子らしき高校生らしい人が
こっちを見ながら、スマートフォンらしきものをかけている
私を心配して警察のような場所に通報してくれているのかもしれない
私のことは心配無用だということを早急に伝えなければ
最大限に明るいハキハキした声で
大丈夫ですよと言いながら
同時に手を振ると
わたしと関わり合いがあることを敵に知られないように
急いで窓を締めて中に引き籠った
私だけには、鍵をかける音が聞こえた
お母さん急いで鍵かけてという抑えた声も聞こえる

完璧だ。あなたの行動は完璧すぎる
世界は私の仲間に満ちている
今まで生き延びていてよかった
わたしは、ぎゅっと一度だけ握りこぶしを胸の前で握り
彼/彼女の幸せを心から祈った
そして、足早に歩き去ることにする
指で空中に筆記体でサンキューと英語で書きながら

トマティアンは、いったいどうするのだろうか
彼の目的の18禁雑誌は
もうコンビニでは売られていないというのに

投稿ボタンをクリックし静かにパソコンの蓋を閉めると
ひと仕事終えた満足感から
コーヒーを入れることにした
豆は鍋で煎ってあるから

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