海外拠点の経営を担う人材の採用の難しさ

   自身の論文に引用しようと考えている論文『海外拠点の経営を担う人材の採用プロセス』(中村天江氏、2013年)。

   海外事業展開を行なう日本企業にとって、海外拠点に赴任してその経営を担う人材の確保は古くて新しい課題です。

   本稿は、海外拠点の経営人材として中途採用された人材と採用企業を仲介した人材紹介会社のコンサルタントに対して行なった13件のケースインタビュー結果をグラウンデッドセオリーアプローチ(GTA)の手法を用いて分析し、海外拠点の経営人材を採用する上での要諦、および阻害要因を明らかにするものです。
簡単に概要をまとめると、まずGTAによる概念化によって採用プロセスが14概念(5カテゴリー)に分けられます
1. 人材要件の設定
   1-1)具体的な人材要件を設定できない
   1-2)人材要件の希望が高すぎる
   1-3)求める人材に対して採用条件が低過ぎる
   1-4)事業環境の変化によって人材要件が変化する
2. 候補者の発見
   2-1)希望に完全一致する候補者がいない
   2-2)候補者を担当者だけではみつけることができない
3. 選考評価
   3-1)業務遂行能力とは異なる観点で候補者を不採用にする
   3-2)候補者の能力を評価できない
4. 候補者の入社意向の喚起
   4-1)候補者を惹きつけられない
   4-2)候補者の懸念を払拭できない
   4-3)採用背景にある経営戦略が明確でない
   4-4)タイミングを逃す
5. 合意形成
   5-1)前職よりも低い給与での条件交渉
   5-2)人事制度との兼ね合いによる制約

    この14概念はそれぞれに採用の阻害要因となり得て、特に「1.人材要件の設定」13の事例の全て何らかの摩擦が生じていました。また国内事業の経験者に比べ、海外事業の経験者は労働市場に少ないため、「2.候補者の発見」が摩擦となる事例も多く見られました。

    最終分析ではこの14概念をそれぞれに関連性の強いもの同士でまとめ直し、以下のような再分類がなされました。
Ⅰ)海外事業の戦略
Ⅱ)採用基準
Ⅲ)採用体制
Ⅳ)処遇の設定
Ⅴ)既存の人事制度

    Ⅱ〜Ⅳは採用の直接的な工程であり重要なであることは間違いありませんが、筆者が導出した点で最も私が有意義だと考える点は「Ⅰ)海外事業の戦略」の重要性です。
    筆者はそこで生じる摩擦の原因について、候補者が自身のキャリアを描く上で事業の方向性などを詳しく知りたいと願う一方で、企業側にはその候補者ほどの海外事業に関する知見が無い場合、戦略そのものが魅力や具体性に欠けるものになっている可能性がある、というように、「海外事業に対する経験の非対称性が存在する」点を挙げて説明しています。

    人材育成や海外帰任者の帰任後の適応など内部労働市場に関する研究や、海外子会社での人材マネジメントに関する研究に比べて先行研究の少ない「転職や中途採用」に関する論文である点に加え、一般的には当事者(企業や人材)に対して行なうことが多いインタビューを、敢えて仲介者である人材紹介会社に対して行なた点も本稿のオリジナリティです。

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