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より良く生きる知恵 ~境界を合意する~

 私は若い時は仕事の時間というものにあまり こだわりがなかった。
お客様からは、私の携帯に夜遅い時間でも電話がかかってくることもあったし、それに対応するのも仕事の一環だと思っていた。
しかし 50歳を過ぎるようになると、そのような仕事の仕方は、自分の健康にも影響を及ぼすようになってくる。

 最近は、対応する時間を事前にお客様にお伝えしておいて、時間外の電話は、緊急の要件を除いて留守電で対応するようにしている。

 人は他人と関わり合いながら生きていく。
その際に相手とコミュニケーションをとる際の時間的な境界を事前に明示しておくことは、自分を大切にし、また相手と良好なコミュニケーションを長く継続する上でも大切なことである。

 境界は、時間的なものに限られない。場所・役割・進路の決定など、様々なものがある。その境界を相手に事前に伝えておき、また、相手の境界をあらかじめ確認しておくこと、そして必要ならば、お互いの境界について合意しておくことは、お互いが快適に過ごす上で欠かせないことである。ここでは、その例についていくつか考えてみようと思う。

時間の境界
 先の例のように、自分の携帯の電話番号を名刺に記載すると、それだけでは、仕事先から休日や夜間であっても、電話がかかってくることになる。自分で事業を始めたばかりの場合であれば、逆にそれでも良いかもしれない。しかし、ずっとその調子では、体がもたない。
 長期にわたって良い関係を続けるには、営業時間を合わせて記載するなどして、時間的な境界を相手に明示することが大切である。

 また最近のSNSは、LINEなどのように相手の投稿を読んだかどうかが、相手にすぐわかるものがある。だからといってそれを気にしてしょっちゅう投稿を確認しているのでは身がもたない。相手との関係性にもよるが、LINEをチェックするのは1日1回だよ、などと事前に伝えておいてあげた方が良いのではと思う。その方が逆に相手もやきもきすることがなくなると思う。

空間の境界
 私は、男子校出身だったことが災いしてか、初デートの最後に「なぜ手をつないでくれないの」とおこられたことがある。私としては、当然手を繋いで一緒に歩ければ嬉しいのであるが、最初から手をつなぐのは失礼ではなどと思っているうちに、最後におこられてしまった。苦い思い出である。

 最初から、「手をつないでいいかな」と少し勇気を出して聞くべきであった。これは、女子の側から聞いてもよいことだとも思う。多少気恥ずかしければ、「初デートのときは手をつないでいいかどうかを尋ねるのが礼儀」ということにしておくとよいと思う。

 普通、デートに来ているのであれば、断られることはまずないと思う。万が一断られることがあっても、礼儀として聞いたのであるから、あなたが傷つく必要はない。もちろん、相手が手をつないで来て、それがいやでなければ、お互い何も言う必要はないが。

役割の境界
 恋人同士が結婚して何年か経ってくると、皿洗いをしてくれないゴミ出しをしてくれないなど、かなり現実的なクレームになってくる。これは「役割」の境界のトラブルである。

 うちは自営業の共働きなので、食後の食洗機への皿の出し入れは、その日に都合のつくほうがやっている。お互い、時期によって仕事がいそがしかったり、そうでなかったりするからだ。ただ、相手が仕事で抱えているストレスは実はお互いわかりにくいもの。少し気を抜いて、夕食後にゆっくりコーヒーを飲んでいると、「皿洗いをしてくれない」という不機嫌な声が台所の向こうから飛んでくることがある。私の奥さんは、早く台所をきれいにして、残っている仕事を片付けてしまいたいらしい。

 わたしも普段、食後のかたずけはするし、相手が忙しいそうなときは特にそのようににしているのだが、ついテレビ番組に気を取られたりすると、こういうことになったりする。私も神様でないので、100%相手の状況を把握することは不可能だ。なにも考えずにほっとしていたいときもあるのだ。

 それで、最近はやってほしい場合は、できるだけ早めにはっきり言ってもらうようにお願いしている。うちの奥さんは、相手に依頼するのがあまり好きでないのだが、それで不満がたまって後で爆発するよりは、最初からハッキリ言ってもらったほうがよい。私も、食後の片付けをさっさと終わらせてから、ゆっくりコーヒーを飲むほうがよい。

 ちなみに、うちの朝は、原則、家の中のゴミをまとめるのが奥さんの役割で、それを出しに行くのが私の役割になっている。このように、事前に役割を分けられるものは、最初から分けておくほうが、お互いによいと思う。

 自分がどのような状況でどのような役割をできるのか、あるいは、したくないのかを相手に伝えておくこと、そして、相手にどのような状況でどのような役割をお願いできるのか、あるいはできないのかを聞いておくこと、また、協力が必要な場合はできるだけ早めに伝えることは、役割の境界を明確にし、かつ、柔軟にする上で大切なことだ。身近な人であれば、なおのことだと思う。

 それが結局は、自分も、相手も大切にすることにつながるのだと思う。

親子の境界
 子供は、最初、自分ではほどんど何もできない赤ちゃんとして生まれてくる。しかし、最終的には社会の中を生きていく自立した存在になるように育てていくのが、親の本来の役割だと思う。そういう意味で、子供が時間・空間・役割、そして進路や職業選択などの意思決定において、自ら選択し、決定していくことができるように、サポートするのが親の役割であると思う。それは、自ら勉強やトレーニングの計画を立てることであったり、自分のスペースをかたずけることであったり、お手伝いなどを任されることであったりするかもしれない。それらの境界を自ら調整して管理できるようにすることが、大切であると思う。また、子どもの成長に伴って、親はそのような子どもの境界を尊重することが、大切になると思う。

 親子の境界の中で最も大切な境ものは、職業の選択であると思う。私は父親の仕事を継がなかったが、それで正しかったと思っている。

 職業の選択にはただ一つの正解というものはない。ひとそれぞれに、好きなこと、得意なこと、やりたいこと、できること、価値があると思うこと、そしてそれらを大切に思う度合いが違うからだ。人は皆、異なる存在である。それぞれがその違いを生かした職業につくことにより、多様で豊かな社会が実現する。

 ただ一つ言えることは、職業は自らの意思で選択するものであるということだ。職業の選択は、その人の一生に大きな影響をあたえる。自らの境界の中、それも中心にある事柄なのである。だから、それが結果として家業をつぐことであれ、あるいはそうではなくても、自ら選択することが、自らの人生を自らのものとして生きる上で必要なのである。

 職業選択の自由は、与えられたものでなく、現実の人生ではそれは自ら掴み取っていくものだ。もしその領域を侵害された場合、親に対してであっても、その境界を示し、守る必要がある。

 親は子供の職業の選択を、自立した一人の人間の境界内のものとして尊重しなければならない。他人に迷惑をかける種類のものでなければ、理解できなくても認めてあげることが、お互いにとって有益であると思う。それで初めて、親としての仕事を真に終えることができる。


 相手の境界を尊重することは、本当の意味で相手を思いやることである。相手が親であれ、子供であれ、妻であれ、夫であれ、上司であれ、部下であれ、誰であっても、相手を100%理解できるなどと、うぬぼれないことだ。また、何もせずに自分が相手に100%理解されるなどと、過度の期待をしないことだ。それよりも、自らの境界を具体的に示し、相手の境界を積極的に確認して、それをお互いに尊重することが、本当の意味で良い関係を構築することにつながると思う。

 あなたがもし同じように思うなら、この文を配偶者や子供など、特に毎日接する親しい人と、一緒に読んでほしいと思う。そして、お互いの境界を尊重して、良い関係を長く続けてもらいたいと願っている。





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