はじめに

「好きなものを好きなだけ」というのが好きである。できれば、気に入らないものには目もくれず、好物にだけ囲まれて生きていたい。

しかし、これを実践しようとするとなかなか困難を伴うものだ。嫌いなものやどちらでもいいものを排除するのは比較的容易いが、好きなものを手元に置くには物理的な限界がある。たとえばクルマ好き––––クルマそのものでもいいし、特定のメーカーのものであってもいい––––ならば、気持ちとしては好きなクルマすべてを所有して、飽きることなく眺めたり、気分によって車種を換えて運転したりしてみたいと考えるだろうが、それを実現するには購入するだけの財力や、手に入れたクルマを置いておくスペースが必要となることは明らかだろう。クルマを例にとったが、これが本やレコードや映画などでも事情は同じこと。この点において、「好きなものを好きなだけ」を貫くのはどうにも簡単にはいかないようだ。

さて、このnoteでは「好物」について書こうと考えている。というのも、自分が連載している媒体などで取り上げられる数は限られている一方、好きなものはそれ以上にあるわけで、そうしたものについて何かしら書き留めておきたいと常々思っていたからだ。よって、書く対象は特に制約を設けない。映画、書物、音楽、あるいは場所なんていうのも入ってくるかもしれない。ようは気ままにあれこれ綴ってゆこうということである。

それと同時に、スペースそのほかの事情で現実にはなかなか難しい「好きなものを好きなだけ」を、文章の中であれば貫くことができるのではという目論見もここにはある。つまり、好物を言語化してひとところに、ということであって、いうなればこれは「言語による仮想のコレクション」なのだ。郵便配達員シュヴァルが33年にわたってコツコツと造った「シュヴァルの理想宮」は、シュヴァルが絵葉書や雑誌で見て気に入った各国の建造物の意匠を自在に組み合わせて創り上げたものだが、これはまた幼い娘アリスのための遊び場でもあった。そんな風に、誰かの遊び場として本noteが読まれるならば、それはこのうえない幸せである。

なお、本noteには書き下ろしはもちろんだが、クローズドなメディアで発表したテキストなども加筆のうえ公開しようと考えている。不定期の更新となってしまうだろうから、その点は先にお詫び申し上げておきたい。


                             2020年梅の頃に
                                 青野賢一

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