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企画はなぜ衰退するのか-ルパンを呼んだはずが大量のバッタが押し寄せてしまう理由。鞭毛駆動型人間の話。

人を泥棒と呼べば、彼は盗むであろう。
(新渡戸稲造)


一ヶ月ほど前、「盗めるアート展」という企画展が話題になっていた。展示作品を盗んでいいという趣旨の企画展だ。

僕はタイムラインに流れてきたこの企画の告知を見て、本当にいい企画だ!と大いに感心し、手放しで絶賛した。


いい企画なので「さぞ面白くなるに違いない」と思ったのだが、実際にはそんなことはなかったらしい。

この企画展は先週実施され、主催者も予期しない悲しい形で幕を閉じた。



開始時刻前から大量の人が道路に溢れかえり、仕方ないから主催者が少し早めに会場を開けたら、暴徒と化した群衆がなだれ込み、全ての作品が一瞬にして盗まれてしまったらしい。

なんというかこう……主催者の切なさを思うと涙が出てくる。


恐らく、主催者が想定していたのは、アルセーヌ・ルパンのようなカッコいいアート泥棒だったはずだ。大人の余裕があり、落ち着いて展示会場を見て回り、鮮やかに作品を盗んでみせる……そんな映画のような空間が生まれるのを望んでいたはずだ。

つまり、理想はこうだ。

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(画像引用元:Life in Paris )




しかし、現実はこうだ。

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(画像引用元:SankeiBiz


大量発生したバッタが一斉に飛んできて作物を食い尽くしてしまい、後にはぺんぺん草も残らなかった。

主催者が覚えた「これじゃない感」は半端ではなかっただろう。そりゃそうだ。「盗めるアート展」を企画したのに、「大量発生したバッタ展」になってしまったら、誰もが面食らう。美術館を作ったつもりが昆虫館になったということは普通ありえない。主催者は人類史上初めての体験をしたと言っていいだろう。


ちなみに、ちゃんとアルセーヌ・ルパンっぽいムーブをしようとしている意識の高い参加者の方もいたようだ。

贋作を用意してきてすり替える」という、ベタなルパンっぽい行動が出てくると本当に面白いし盛り上がると思う。こういうのが主催者の意図だったはずだ。(実際、主催者は事前のインタビューで「贋作とすり替えられたら面白い」と語っている

だが、そんな面白イベントは起こるヒマもなく、バッタの群れが通過した後の会場には何も残らず、ただ荒野だけが残った。主催者はきっと、農作物を食い尽くされたアフリカの農民のような顔をしていたに違いない。


ところで、展示会場にはカメラが設置されており、動画が撮影されていたらしい。

主催者の意図は、市井のアルセーヌ・ルパンを撮影したいだったと思われるが、結果として都心に飛来する大量のバッタが撮影されたということで、これはこれで非常に価値のある映像であるように思われる。

というのも、日本における暴動と略奪で、動画として残っているものは非常に少ないからだ。

例えば、1918年の米騒動。この米騒動では民衆の怒りはピークに達し、相当な暴動と略奪が発生した。神戸の鈴木商店本社は焼き討ちに遭っている。

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published by 国書刊行会 - The Japanese book 『目でみる大正時代 下』


焼き討ち、すごい話である。現代日本ではまずお目にかかれないできごとだ。「マスクが手に入らない!」と怒ってドラッグストアを焼き討ちする人はいない。僕は人生で「くっそ~!あいつムカつくな!焼き討ちでもするか!!」と思ったことは一度もない。

そう、現代の日本人はあまり暴動を起こさないのだ。だからこそ、1918年の米騒動は非常に貴重な「日本人による暴動と略奪」の資料なのである。


しかし残念ながら、米騒動の動画は残っていない。何しろ大正時代である。「動画を撮影する」という習慣がほとんどないのだ。当時は、テレビがないのはもちろん、映画さえもあまり一般的ではなかった。やっとサイレント映画が普及し始めた頃だ。

その後、特に戦後にかけて動画撮影は徐々に一般的になっていくのだが、残念ながら(?)、米騒動のような大規模な暴動と略奪は起こっていない。石油ショックの時はどこも焼き討ちにされなかった。(学生運動をはじめとする種々の暴動はあったが、あれは政治運動であって、物不足に伴う略奪と暴動ではない)

したがって、大規模な「日本人による暴動と略奪」を記録した動画はほとんど存在していないと言っていいだろう。

これは誠に残念なことだ。僕たちは残された画像や文字の資料から、米騒動の空気感を想像することしかできない。「日本人が暴動と略奪を起こすと、こんな空気になる」ということは、想像しかできないのだ。


しかし、「盗めるアート展」がこの状況を破壊したかもしれない。

盗めるアート展に設置されたカメラはまさに、日本人による暴動と略奪の動画を撮影しているだろう。

つまり、本企画で撮影されたのは米騒動の再現VTRなのだ。米騒動の時に撮影できなかった動画の撮り直しに成功し、唯一無二の貴重な資料動画をもたらしている。

撮影機会が失われてしまった米騒動の動画資料を取り戻したという点で、「盗めるアート展」は歴史に残る試みと言えるかもしれない。主催者の意図とは違ったが、アート作品としては非常にレベルが高いものだ。何しろ、誰も再現できなかった米騒動を再現してみせたのだから

動画が公開されるのを楽しみに待とうと思う。そこに映っている飢えた民衆はどんな空気なのか、気になってしかたない。


バズった企画は、実行で衰退しがち

僕は6月に「盗めるアート展」の告知を見た時、「これは100点の企画だ!」と絶賛した。本当に面白いと思った。

そして、面白いと思ったのは僕だけではなかったらしい。告知段階でこの企画は見事にバズり、Twitterは「面白そう!」という声で溢れかえった。


いわばこの企画は、告知段階で栄華を極めていた。バズという名の栄華を欲しいままにしていたのだ。


だが、結局企画としては思わぬところに着地した。米騒動の再現としては面白いのだが、最初に想定された面白さではない

せっかく面白い企画だったのに、うまくいかなかった。いわば、告知から実行までの間に衰退してしまったのだ。


そして、よく考えてみるとこの現象は割とありふれていることに気づいた。

告知段階で栄華を誇った(バズった)企画は、往々にして実行段階で衰退しがちである。


例を挙げよう。僕がやったものだと、『性格悪い人限定飲み会』というイベント企画がバズったことがあった。初対面から悪口しか言ってはいけない、という趣旨のイベントである。

告知がバズったために100人の定員は一瞬で埋まり、マスメディア4社から取材依頼が舞い込んできて、「おお~、何か知らんがウケたなぁ」と嬉しい気持ちになったものだ。

だがこれも当日は、はっきり言って衰退していた。

性格が悪いというより頭とマナーが悪いオジサンなどが散見されたし、「おいこのデブ!」のような何のエンタメ性もない単なる誹謗中傷を言ってる人が多かった。

告知ページには「エンタメ性のある悪口を言ってください」と注意書きをしておいたのだが、守られることはなかった。不特定多数が集まるイベントの注意書きとしてはちょっと難しかったのかもしれない。次回やる時は「人の悪口を書いて生計を立てている人のみ参加可能」とかにしようと思う。


「企画はなぜ衰退するのか」

以上、告知でバズった企画は衰退しがち、という法則を見てきた。


では、なぜこんなことになるのか?その答えは、この名著の中にある。

『国家はなぜ衰退するのか』は、世界史をまるごと紐解きながら、国家の衰退の原因を探る本である。古くはマヤ文明の崩壊に始まり、大航海時代、産業革命、そして現代に至るまで、あらゆる時代、あらゆる場所で、国家の衰退の原因はただ一つである、と説明する本だ。

これでもかというくらい大量の事例をもとに、栄華を誇った国が衰退していく理由を丁寧に分析していく、迫力満点の本である。どのくらい大量かというと、「もうその話分かったから先に進んでくれ!」って叫びたくなるくらいである。「お前ソマリアの話何回すんねん」ってなるくらいである。


ともあれ、この本は「一度は栄華を誇った国家が、衰退していく」理由を説明した本である。

であれば、この本を応用すれば「告知段階で一度は栄華を誇った企画が、衰退していく」理由も分かるのではないだろうか?……そう、分かるはずだ。分かるに違いない。


ということで、今日は『国家はなぜ衰退するのか』の内容を応用しながら、「企画はなぜ衰退するのか」について分析していく。



ところで話は変わるが、「ハンマーを持つ人にはすべてが釘に見える」という言葉がある。

この言葉は、欲求五段階説で有名なマズローが言ったものだ。問題解決の手段を一つしか持たない人は何でもその手段を使って解決しようとしてしまう、という意味である。

マズローの指摘は実に正しい。人は愚かだ。釘ではない問題を釘だと見誤って、ハンマーで叩いてしまった事例はいくらでもある。ダーウィンの進化論という便利なハンマーを、釘ではない憲法改正問題に振り下ろしてしまい炎上したニュースなどが記憶に新しい。

我々は常に自問しなければならない。「これは本当に釘か?ハンマーを持っているせいで錯覚していないだろうか?」と。道具は、正しい対象に使った時だけ正しい力を発揮する。誤った対象に使ってしまうと無力であるばかりか、有害ですらある。新しい道具を手に入れた時は特に気をつけなければならない、と言えるだろう。


……。


……何が言いたいかというと、僕は今ハンマーを手に入れたので全てが釘に見えているということである。

もしかしたら、先ほどの趣旨説明を読んだあなたはこう思ったかもしれない。「国家と企画は全然別物なのでは…?応用できないのでは…?」と。

それはまあその通りなんだけど、僕は今ハンマーを使いたいのでとにかくこれは釘だと思いこむことにする。読み終わってからなるべく早く使わないと忘れるから、今使いたいのだ。これは釘、これは釘だ。


具体的な事例を取り入れながら釘を打っていく

ということで、以下有料になる。

せっかくの有料部分なので、僕が観測した頭やマナーが悪くて企画を衰退させてしまう人の話や、インターネットで一大ムーブメントを巻き起こしているとある企画の主催者から直接聞いた「実はもうアレやりたくない」発言なども書きながら分析を進めたいと思う。

あと、タイトルの「鞭毛駆動型人間」については有料部分を読めば意味が分かる。意味が分かったところで得しないが、しょうもない人を見たときに、「あ、鞭毛駆動型人間だ」と思えるようになる

気になる方はぜひ課金して読んで欲しい。単品購入(300円)もできるが、定期購読(500円/月)がオススメだ。いつ入ってもその月書かれた記事は全部読める。7月は4本更新なので定期購読のほうが圧倒的にオトクだ。


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