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『テニスの王子様』ならぬ『学問の王子様』みたいなマンガを見つけたから、全力でツッコんでみた。

『カモのネギには毒がある』というマンガがある。

「天才経済学者の主人公が、さまざまな経済的弱者(カモ)を見て回りながら反撃の糸口を授ける」というような切り口のマンガ。『クロサギ』によく似ている。このマンガの原案をやっている夏原武は『クロサギ』の原案もやっているので、似ているのは必然なのかもしれない。

作者は『ライアーゲーム』で知られる甲斐谷忍。腕のあるふたりが組んで生み出されるマンガなので、当然ながら内容はおもしろい。

……のだけれど、このマンガ、エンタメに振り切りすぎていて、学問について語る部分があまりにもガバガバである。読んでる間ず~~っっと「それそういう話じゃないと思うな~~!」というのが気になってしかたない。

たとえば、こういうシーン。


『カモのネギには毒がある』1巻 Kindle位置37


第一話で、「主人公は経済学の天才だからとんでもない額(1兆円とか)の資産を稼いでいる」という説明がなされる。あと、このマンガ、割と一貫して「経済学が分かれば経営がうまくいく」みたいな描写が出てくる。

この一事をもってしても、「経済学ってそういうことじゃなくない…?」という疑問が頭をもたげる。「お金を稼ぐ方法が分かるのかと思って経済学部に入ったら全然違った」は、大学一年生が最もよく犯す失敗であり、「経済学=ビジネスの勉強」は世間的に最も広く流通している誤解である。

だから、この説明がなされる度に「うおお、めちゃくちゃ間違ってる!!しかも一番よくあるしょうもないタイプの誤解だ!」とビックリしてしまう。

いや、僕はエンタメに対して「正確性を欠いているから悪い」なんて言い出す無粋な人間ではない。これは批判ではない。むしろ逆で、「甲斐谷先生、すごいな」という賛辞である。

著者の甲斐谷先生は多分、とても賢い人である。マンガの展開は常に過不足なく、読者がストレスなく読めるように計算されている。美しい構成を作れる、賢い人だ。

だから、彼は分かっているのだと思う。自分の描いているものがかなりメチャクチャであると、自覚しているのだと思う。その上で、「エンタメとしてはこれがベストだ」と理解して送り出している。外野からツッコまれまくることを覚悟しているのだ。ハラをくくっている。

いわばこれは、『学問の王子様』なのだ。かつて『テニスの王子様』がトンデモ描写で話題を博したのと同じで、このめちゃくちゃさを楽しむエンタメなのだ。

だから、これに対して「いや、経済学ってそういうことじゃないですよ。あなたが言ってるのはどちらかというと経営学とかビジネススクールだと思いますよ」なんて軽い気持ちでツッコむのはクソリプであり、野暮この上ない。


だから、僕もハラをくくろうと思う。軽い気持ちでツッコむのではなく、本気を出してツッコんでみよう。全力のクソリプだ。具体的には、この記事を書くために『マンキュー経済学』や『自殺論』を紐解くことになった。頑張ってツッコんだので、お付き合いいただきたい。

なお、途中から有料になる。単品購入(300円)も可能だが、定期購読(500円/月)がオススメだ。いつ入っても当月書かれた記事は全部読める。3月は4本更新なので、バラバラに買うより2.4倍オトク。


「経済学」そのものの描き方

先にも述べたが、このマンガは全体的に「経済学をやれば金儲けの方法が分かる」みたいなテンションである。

『カモのネギには毒がある』1巻 Kindle位置7


これは大きな間違いである。いや、完全な間違いとまでは言えないのかもしれない。たしかに、経済学を理解していることは商売の助けになる。「需要が多ければ値段が上がる」みたいな基本事項は、商売人にとっても大切な原則だ。ただ、それはどちらかというと義務教育的な常識であって、わざわざ大学で学ぶような高度な経済学は、旅館経営にはそれほど役立たないだろう。

経済学者が活躍するのってどちらかというと政策提言とかであって、経営コンサルみたいなことは主流ではないと思う。(「旅館経営を上手くやるためにはどうする?」はあんまり経済学ではないが、「増税すると何が起こる?」はすごく経済学である)


もっと気になるのは、中途半端に正しい説明である。「途中までは完全に正しく、途中から完全に間違っている」という気持ち悪さがある。「経済学とは何か?」を語るこのシーン。



『カモのネギには毒がある』1巻 Kindle位置17


『カモのネギには毒がある』1巻 Kindle位置18


ここはものすごく合っている。経済学部の学生御用達の教科書『マンキュー経済学Ⅰ ミクロ編』を引いてみよう。

経済学とは,社会がその希少な資源をいかに管理するのかを研究する学問である.ほとんどの社会では,資源配分は全権を握った1人の独裁者によって決められるのではなく,膨大な数の家計と企業の選択を総合した結果として決定されている.したがって,経済学者は,人々がどのように意思決定するのかを研究する.

N・グレゴリー・マンキュー. マンキュー経済学Ⅰ ミクロ編(第4版) (p.4). Kindle 版.


経済学が究極の対象にするものは「人間の意思決定」であり、そういう意味で「人を考える学問だ」という説明はすごく正しい。

「急に正しいやんけ」と思って読んでいたら、次のくだりでまたすぐに「変な説明だな~!」というのが出てきてビックリする。


『カモのネギには毒がある』1巻 Kindle位置18


彼は、「人を知るのが経済学! だから、フィールドワークで生の声を聞くのが大事!」と主張し、やたらとフィールドワークをしている。

これは多分、すごく変である。

「統計的に何が言えるか」というモデルを生み出すのが経済学の本懐であって、「直接人に話を聞く」というフィールドワークはあまり重要ではない。もちろんアイデアを得るためのきっかけとしては価値があるのかもしれないが、それをメインにする経済学者は多分いない。「社会的弱者はこんな景色を見ている」を収集するのは経済学というか、ジャーナリズムである。


さらにすごいのが、この発言。

『カモのネギには毒がある』1巻 Kindle位置87


ビラを実際配ってみるとね
通行人の表情が良く見えます
いい事があった人
悩み事がある人
ムシャクシャする人
そういうのが理解できて初めて「経済学」なんです


なるほどぉ~~~~勉強になるなぁ~~~~~。



………


絶対違くない?????


この説明は真逆じゃない?????個別の人たちの機嫌みたいなどうでもいい変数を消滅させるために統計を使うのが経済学の基本スタンスじゃない?????

むしろ、個別の人間を無視できる普遍的なモデルを導き出すための営みこそが経営学じゃない????主人公、何を根拠に喋ってるのこれ???なんだろう、ウソつくのやめてもらっていいですか?


「社会学」もおかしい

このマンガ、メインテーマの「経済学」以外に、「社会学」の描き方もおかしい。

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