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シンギュラリティは遠い。税金のダイレクト納付ができなくて発狂した話。

AIが人間の仕事を奪うとか奪わないとか散々言われている。いい加減なビジネス書に至っては、「思考停止で働いている人はAIにこき使われるようになる」と書いてある。映画の見すぎである。AIが発展すれば問題解決能力が向上することは明らかだが、我々は問題解決能力が高いものに支配されるワケではない。その理屈なら僕はとっくにスパコンに支配されている


有名な本によると、2045年にシンギュラリティが来るらしい。AIの知能が人類を上回るとのことだ。本当だろうか。

2045年にシンギュラリティが来ることの論拠として「だって、AIはもう将棋で人間を凌駕してるんだぜ!」と言うヤツがいるが、その理屈はおかしい。電卓は計算で人間を凌駕しているが、電卓の知能が人間を凌駕する日は来ない。汎用機械と特化機械には大きすぎる壁があるのだ。


もう少しマトモな主張で、「めんどうで機械的な業務をAIがやってくれるようになるから、人間は本質的な仕事に集中できるようになる」というのもある。

これはすごくその通りだと思う。昨今の機械学習を利用したツールの進化は目覚ましい。ゆる言語学ラジオの編集なども非常に楽になった。今までは手作業でノイズを取っていたところが、AI検出で楽に取れるようになった。便利なツールを使う度に、技術の進歩に感謝する。

さて、それでは僕は本質的な仕事に集中できるようになっているかというと、意外とそうでもない。毎日毎日、本質的じゃない仕事が山のように湧いてくる。テクノロジーの発展によってかえって面倒になったことすらもある。

「なぜ僕はこんなワケの分からない面倒に耐えなければならないんだ」と嘆きながら、毎日のように本質的じゃない仕事をしている。今日はそんな話。


ダイレクト納付手続き

顧問税理士に、「法人税のダイレクト納付を開始する手続きをやってください」と言われた。

あまりよく分かってないが、ダイレクト納付というのは「税理士が申告したら勝手に口座から税金が引き落とされる」みたいなヤツらしい。納税の手間が圧倒的に減るからオススメ、とのことだった。

が、この開始手続きが地獄だった。

まずはこちらをご覧いただきたい。国税庁が発行しているダイレクト納付の申込書だ。


いかにも行政文書である。デザインがとにかくダサい。この赤とこの青、行政文書でしか見ない色だ。行政レッド行政ブルーと呼ぼう。#ff0000と#0000ff。行政っぽいダサい書類を使いたいときはぜひ多用してほしい。

さて、デザインのダサさはいいとして、この書類、PDFに記入しながら何度も発狂してしまった。ユーザー体験が悪すぎる。10年前のアプリでもこんなひどいUXのものはそうそうお目にかかれないだろう。


法人番号と行政エラー

まずは右上のここ。法人番号である。


「弊社の法人番号ってなんだっけな~?」と思って、手元にある登記簿謄本の写しを調べる。すると、「会社法人等番号」というのが出てきた。

「会社法人等番号」の記載がある

これが法人番号だろうと踏んで記入してみたのだが、どうも違うらしい。一桁足りないのである。


一桁足りない状態でエンターキーを押すと、気持ち悪いエラーメッセージが出た。

気持ち悪いエラー。

行政レッド、行政ブルーに加え、行政エラーである。「警告:JavaScriptウィンドウ」じゃないんだよ。エラー処理を一行も書かずにJavaScriptのデフォルト処理に頼っているのも、いかにも行政の作品である


チェックデジットを計算する

さて、一桁足りない問題への対処に移ろう。法人番号についてググると、どうもこういうことらしかった。最初に一桁のチェックデジットを付加すればいい


https://www.houjin-bangou.nta.go.jp/documents/checkdigit.pdf


チェックデジットというのは、「検査用数字」である。

ピンと来ない人も多いだろうが、ざっくり言うと入力を間違ったときにミスを検出するための桁である。

たとえば、一番カンタンなのは、「全部足したときの1の位をくっつける」というものだ。

入力したい値が「8 4 7」だとしよう。これを全部足すと「8+4+7=19
」である。この1の位である「9」だけに注目して、最初に付け足してみよう。すると「9 8 4 7」となる。相手に送信する際は、この情報を使うことにする。

そうすると何が嬉しいのかというと、間違いに気づくことができるのだ。仮に一桁間違って、「9 3 4 7」と送ってしまったとする。すると相手は「3+4+7=14だから、最初の桁が9なのはヘンだなぁ。何か間違ってない?」と気づく。

これが誤り検出だの誤り訂正だの呼ばれる情報工学のジャンルだ。僕は大学の情報工学科にいたので、チェックデジットの重要性は普通の人よりもずいぶん理解しているつもりだ。法人番号にチェックデジットが付加されているのは実に正しい。誤りへの耐性を持たせるのが、頑健なシステムへの第一歩だ。

そういうことで、チェックデジットが付加されていることについては大いに納得なのだけれど、問題はここからだ。

行政の書類には、衝撃の事実が書いてあった。


検査用数字(チェックデジット)の計算方法は、以下を参考としてください。

つまり、チェックデジットは機械的に計算されるのではなく、人間が手動で計算して付加せよと言っていた。ウソだろ…?

前述の通り、チェックデジットのような誤り検出符号は、極めて機械的な手順で求められる。したがって、人力で計算することはまずない。人間がやる価値がまったくない、無意味な労働である。AIが代替する仕事とかですらなく、原始的な計算プログラムが代替する仕事だ。


しかも、計算方法はこれだ。

めちゃくちゃめんどくさい

偶数桁と奇数桁をそれぞれ抜き出して足し、偶数桁の和の方には2をかけた後に足し合わせ、さらに9で割った余りを9から引く」という絶対に暗算できない手順である。

なぜこんな面倒かつ単純な仕事を人間の手でやらなければいけないのか。繰り返すが、これを自動化するためにはAIとかはまったく必要ない。世界初の電子式汎用コンピュータENIACでも解ける。1946年には自動化できていたタスクを、我々は2022年に手動で解いている。


行政の運用というボトルネック

チェックデジットの正しい運用について論じよう。

これはもう明らかに「最初から登記簿謄本にチェックデジットを含めて全部書いておく」である。人間がこれを算出する意味はまったくない。計算ミスのリスクが増えるだけである。

にも関わらず、なぜか行政は「チェックデジットを計算して自力で付加してください」という意味不明な運用をしている。

結局のところ、テクノロジーがどれだけ発展しても、それを使う人間が謎の運用をしている限り、無意味な仕事はなくならないのだ。

そして、行政にこれをやられてしまうとお手上げである。私企業が相手なら「この会社ダルいから他社を使おう」と乗り換えることができるが、行政機関は乗り換えるワケにいかない。僕は日本にいたいので、諦めて日本の行政と付き合っていくしかないのである。(諦めずに解決しようとすると「選ばれた優秀な人間だけで国家を作り直すしかない」と謎の危険思想が生まれるので、諦める方がいい)


印刷ができなくて詰む

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